「さかさま不動産」を運営する水谷岳史さんと藤田恭兵さん、「商店街オープン」メンバーでナゴノダナバンクの代表取締役・市原正人さんとの対談、後編です。
無報酬型サービス
「さかさま不動産」が目指すもの
――さかさま不動産は2023年春、その仕組みや実際のマッチング事例を紹介する冊子『さかさマガジン』を発行されました。お二人はその中で、この仕組みが社会の中で当たり前の選択肢の一つになることが自分たちの目指す未来だと語っていますよね。
2023年春発行『さかさマガジン』
水谷:さかさま不動産の仕組みそのものはシンプルですごくわかりやすいんです。それを一つの地域だけじゃなく、もっと広げたら何かいいことが起きるんじゃないかって思った僕らが、誰よりも早くやり始めたというだけのこと。やがてこの仕組みが社会の常識になっていけばいいと思ってやってきたし、そうなったなら、さかさま不動産自体は消えて無くなったっていいじゃないですか。
市原:何それ、かっこいいじゃん!
藤田:不動産の貸し借りに限ったことではなく、こんなやり方があるんだ!とか、こうすればいいんだ!って気づいた人が、それぞれ自分なりのやり方を考えるきっかけにしてくれたらいいなって思うんです。
市原:いやいや。真似しようとしても絶対に同じようになぞることはできないですよ。やっぱり二人のキャラクターがあるからこそできることなんじゃないかな。
『さかさマガジン』より
水谷:そんな僕らが一番よく質問されるのが、「どうやってビジネスになっているんですか」っていうことなんです。市原さんはご存知だと思いますが、実はまったくお金になっていない。でも僕らは初めからお金にならなくてもやろう!って思ってて、いまもそこは変わらない。だからこそここまでできたのかなと思います。
市原:確かにそれはあるだろうね。実は僕ももらってないんですよ。ずっとボランティアでやってきたから。でもまちの人たちは誰もそれを信用しないんだよね。絶対に裏があるって思われてる(笑)
さかさま不動産の藤田恭兵さん(右)と水谷岳史さん(左)
水谷:基本的に、ビジネスとして成り立たないことは誰もやりたがらないし、人の善意って簡単に信じられないから、どうしてもその裏を探りたくなるみたいですね。
市原:逆に〇〇株式会社みたいにまちづくりを生業として看板を掲げれば安心して仕事を依頼しやすくなるらしいね。僕らはずっとボランティアでやってきて、ある時期から法人にしたんだけど、相手からの見られ方がすごく変わったと感じる。
水谷:やっぱりそうなんですね。市原さんは建築もできてしまうから、無報酬でマッチングや仲介をやっていると結局、見込み客獲得のためでしょうって思われたりしませんか。
市原:それはあるね。なかなか信じてもらえない。まあ、そこは仕方がないのかなと思ってるけど。
さかさま不動産を運営する株式会社On-Coの活動拠点、西区の「madanasaso」にて。
〝地域に関わる〟ということ
――もうひとつ、さかさま不動産の特徴は、もともと自分たちがやっていたことが楽しくてそれが原体験となってモチベーションにつながっている点です。そこに対する確信が大きな強みなのかなという気がします。
市原:実際に体験して感じたことを実践してるって大事だよね。しかもそれをこのスピードで波及させていってるのはすごい。バイタリティがあるじゃない。
――一方で、円頓寺の場合はそもそも市原さんの個人的な想いからはじまっていて、その実績が認められて、商店街オープンをはじめ市内外のエリアからもオファーを受けていらっしゃいますが、地域に関わる際の心構えや大事にしていることってありますか。
市原:たとえばある地域に入ってそこにある空き家をどうにかしようという場合、まず最初に誰に話をするか、その順番は非常に重要だなと思います。
水谷:それ、本当に大事ですよね。僕は最近いろんなところから呼ばれてさかさま不動産のことを話しに行く機会が増えているんですけど、すごく気をつけているのはその地域の文脈の部分。規模の大小に関わらず、どこのまちにも必ずあるし、丁寧に振る舞わないと急に入ってきた僕がうっかりそこを壊してしまいかねないなって思う
――そこに気づいたのはいつですか?
水谷:最初は全然わかってませんでした。どんな場所にも大胆に入っていって、勝手に意見言って、どうして俺の言うことをわかってくれないんだ!なんて思ってました。
市原:最初はそこがわからないんだよね。
水谷:まちの人に「今はちょっと待て」って言われてるのに、自分のわがままで推し進めようとしたり。だけど、確かにそこで待った方がより良い場所や機会を用意してもらえるんです。最近やっとそれがよくわかってきました。
市原:そういうことは僕らもありましたよ。順番とかタイミングを間違えるとすごく話がこじれちゃったりする。しかもそういう場面で動いてくれる人ほど、表には見えない水面下であれこれ骨を折ってくれてたりするものなんですよ。
2度にわたって商店街オープンの舞台に選ばれた名東区の「西山商店街」
名古屋商店街オープン2018年の対象物件、西山商店街の「NISHIYAMANAGAYA」
藤田:けど、さかさま不動産でマッチングする前の段階で、そういう複雑な話ばかりを耳に入れちゃうと「地域ってめんどくさそう」みたいな空気になっちゃうのも嫌だなと思っていて。SNSとかホームページのような場所ではそういう煩わしさを感じさせないようにしたい。大事なのは実際にマッチングした後に、まちや地域の人たちとの関わり方、馴染み方を学んでもらう仕組みがあることが大事だと思います。
水谷:現実をどこまで見せるかというバランスは考えますね。最初は全てを見せずにいて、実は物件を紹介してくれた人や、マッチングのために陰で動いてくれた人たちがいるんだって感じてもらって、お互いに優しくなれたり、まちの行事の時に協力しようと思えたり。そういう連鎖も実際に起きています。
藤田:僕らって最初の頃はめちゃめちゃなやり方から始まってると思うんです。社会的な信用や肩書きもないのに、結構、好きなようにやってしまってた。そういうノリが嫌だと思う人はもちろんいるだろうし、逆に面白いと思って受け入れてくれる人もいたと思うんですけど、あいつらにもできたんだから自分にだってできると思ってくれる人もいっぱいいて。そこは良かったところかもしれない。
市原:みんなが自分ごとにできるって大事だから、その点、さかさま不動産は最初に知り合いや友だちが多かったのが良かったのかもしれないね。あらかじめ関係性ができているからお互いにものを言い合えるし気持ちもわかる。その上で、さらに大事なことを学べたのが良かったんじゃないかな。
藤田:そうかもしれないですけど、まちや地域に関わる時の振る舞いはやっぱりちゃんとしておかなきゃいけない。大変だけどそこは頑張ろうって思います。
地域にとっての最善を第一に
水谷:僕らは今でも不動産業をやっているとは思ってないので、このマッチングはあまり良くないと思えば「やめた方がいい」って止めることもあります。それができるのは、お金をもらってないから。ビジネスとしてやっていたらそうはいかないじゃないですか。
市原:僕らも途中から法人化して仲介業を始めたけれど、根本的な姿勢は一緒ですよ。ダメなものはダメとはっきり言うし、マッチングすることを最優先にはしません。
水谷:そこめちゃめちゃ大事だと思う。地域側がちゃんと人を選ぶって。とりあえずテナントを入れれば空き屋が一つ埋まるかもしれないけど、価値のあるリソースが一つ減るということでもあるから。そこは地域がもっと真剣に考えなくちゃいけないですよね。
市原:その通り。でも僕らが止めると「なんでダメなんだ?」なんて言われちゃう。
水谷:大事なのはマッチングそのものより、いい人といい人がお互いにより良い形で出会えること。どちらか、あるいは両方が無理をしていたり、地域にとって良くないと感じるなら、人を呼ぶ必要なんてないはずですからね。
市原:本当にそうだよね。
さかさま不動産でマッチングした最初の物件、沢上商店街の「TOUTEN BOOKS STORE」
まちづくりは誰のため?
水谷:そもそも不動産の仲介手数料なんて実際の手間を考えたら全然割りに合わなくて、不動産業界の中でも儲からない部分なんです。ましてや古民家なんてものを対象にしてたらややこしさしかないし(笑)
――そんな大変な事業を採算度外視で続けていくモチベーションや目的はどこにあるんですか?
水谷:うーん、難しいなあ。僕、大学を半年ぐらいでやめちゃって、その後は家業を手伝ったりしながらフラフラしてて。つまり中途半端は生き方をしてたんだけど、何かしなくちゃと思ってやったのが空き家を使ったシェアハウスだったんです。しかも一軒じゃなく数軒に広げてコミュニティっぽいものができて。初めて誇れるものができたのがすごく嬉しかった。そんな体験を作ってくれたのが大家さんたちだったと今も感謝しています。あれから10年以上経ち、今では当時の大家さんたちの気持ちが理解できるようになった。これは自分の人生で大きな出来事で、若い世代の人を応援したいという気持ちがさかさま不動産の原動力になっている気がします。
――同じく、市原さんの場合はなんのためにまちの活動を続けているのでしょうか。
市原:ひとことで言えば「自分のため」でしょうね。まちに関わるならば、自分が納得できるものにしたいですから。まちのためとか、誰かのために動いているように見えて、結局はみんな回り回って自分に戻ってくる。僕も30年ぐらいやってきましたけど、今日こうしてみなさんとお話をさせてもらっているのも、これまでやってきたことが自分に返ってきている結果ですよね。まちのことを手掛けるならば、まちにとって本当にこれでいいのかということを常に真剣に考えたい。それが一般的な不動産業と同じようにできない理由かもしれません。
――まちへのアプローチや仕組みが違っても、お互いが大切にしているところは変わらないように感じます。
市原:ほぼ一緒でしょう。失敗や反省もあるけれど、ネガティブな感情はほとんど感じたことがない。それもすべてが自分のためと思ってやってきたからだと思ってますよ。
――それぞれの活動を振り返って、これからはどのように取り組んでいきたいですか。
水谷:さかさま不動産を始めたばかりの頃、周りから「なんだかよくわからない」とか「どんな意味があるんだ」って言われました。きっと表現がアート的だったからだと思うんです。でも最近は経営者としてアートばかりでなくデザインも必要になってきたわけです。このままだと面白くなくなっちゃうんじゃないかと心配で…。
市原:なるほど。そうかもしれない。それでも二人にはずっと面白い存在であり続けてほしいし、常に新しい形を作っていってほしいなあ。
水谷:市原さんをはじめ、僕らの上の世代の方たちが道筋を作ってくださったように、僕らもまた次世代に受け渡しながら、自分自身はいつでも一番に楽しんでいられるのが理想ですね。
市原:僕の場合、いまの円頓寺を見ていて感じるのは、もう僕らが関わらなくても勝手にお店ができていくようになってきて、果たしてそれで良かったのだろうかということ。このまま放っておけば必ずまちは画一化して、個性や多様性が失われかねない。果たして僕らのしてきたことは本当に正しかったのかって思ったりします。それはある意味、仕方のないこと。だからこそこれからもずっと考え続けていくんだろうね。
商店街の可能性
――最後に、商店街の未来や可能性についてどう思われますか。
水谷:かつては地域の人が生活用品を買いに行く場所だったのが、大型商業施設にとって代わられ、一度は忘れられかけてしまった。そこに今、面白い店や人が入ってきて、ある種エンタメ空間みたいになっているような気がします。個性的な店や、独特の距離感、路地に入ると外からではわからない発見があったり。それってネットでは買えない価値ですよね。
顔の見える交流が日常になった円頓寺商店街
藤田:僕らがシェアハウスをしていた頃、大家さんに家賃を払いに行ったら、家賃より多い金額の商品券をいただいちゃってびっくりしたことがあったんです。それこそ顔と顔が見えるコミュニケーションがいかに重要なのかということ。そんなふうに目の前にいる人を一瞬で信用できる社会が実現できたら、世の中ものすごくハッピーになるんじゃないかと思います。
市原:目の前の人を信用するっていう姿勢にはすごく共感します。まずは自分が相手を信じなければ先に進めない。商店街は確かに日用品を買いに来る場所ではあるけど、やっぱりそれだけじゃない。買い物をする以前に生活そのものなんです。今でも人と人とのつながりが生きている商店街はきっと「良い商店街」なんだと思います。いろいろな地域でそういうものを取り戻せたらいい。僕らのやっていることの一番の意義はそこにあるんだろうなと思いますね。
水谷・藤田:本当にそうだと思います。ゆっくりお話しさせていただいて良い機会になりました。今後もご一緒できることがあればぜひ声をかけてください。
市原:今日はありがとう。お互い拠点も近いし、円頓寺にも遊びに来てください!
おわり
前編はこちら
https://shotengaiopen.nagoya/special/790.html
<参加者プロフィール>
さかさま不動産(株式会社On-Coが運営するプロジェクト)
水谷 岳史(株式会社On-Co 代表)
高校時代から商店街活性化や飲食・音楽などのイベント企画に携わり、家業である造園業ではデザインや施工、設計管理スキルを習得。その後は「誰もが自由に挑戦と失敗できる空間をつくりたい」という想いのもと、名古屋市中村区でまちにある空き家を活用し、飲食店、レンタルスペース、シェアハウスなど計 10 軒を自らリノベーションして運営。その経験を原体験にさかさま不動産を立ち上げる。メディアや行政から大きな注目を集めるなか、誰もが自由に挑戦と失敗ができる社会を目指して実証実験を続けている。
藤田 恭兵(株式会社On-Co共同創業者)
大学時代に新社会人向けの教育コンテンツ作成とコミュニティ運営の事業を行う合同会社を設立。インターン開発を進める中、人が自由に集まれる場の必要性を感じ、2015 年に空き家を活用したシェアハウスを立ち上げる。水谷と運営体制を統合し、共同代表として2019 年にOn-Co を設立。これまでに、さかさま不動産・ソイソースマンション・madanasaso・上回転研究所などを立ち上げ、運営を行う。コミュニティを混ぜ合わせて発展させることが未来をつくると信じ、人と人とが信頼し合える関係性がさまざまな社会課題解決の一助となることを目指し模索中。
ナゴヤ商店街オープン
市原正人 /一級建築士(ナゴノダナバンク代表取締役)
有限会社デロ代表取締役(市原建築設計事務所)、一般社団法人ボンド代表
円頓寺商店街のある那古野地区を拠点に、空き家対策、古民家リノベーションなど不動産活用や各種イベントの企画運営を行う。円頓寺界隈のまちづくりへの取り組みは20数年にも及び、既存のコミュニティの結束が強い地域に新しい店舗を出店する際の仲立ちの重要性を実践から学ぶ。円頓寺商店街に新たな風を呼び込み活性化に貢献してきた実績を活かし、ナゴヤ商店街オープンにはアドバイザーとして参画。近年は円頓寺と他地域との連携や、魅力ある〝まち〟を目指す他のさまざまな地域での取り組みにも力を注ぐ。