まちを彩り、人々が集う、瑞穂区の花の桜にちなんだコミュニティースペース「桜華庵」が、2019年度ナゴヤ商店街オープンを通して堀田本町商店街に誕生しました。その一角にある喫茶店「ワタナベコーヒー」でニコニコ迎えてくれる渡邊鉅基さんは、昭和16年瑞穂区生まれの御年82歳!堀田本町商店街振興組合理事長であり、堀田駅前交差点沿いで営業していた老舗純喫茶「シューカドー」の2代目マスターを50年務めていました。地域を愛し、地域に愛される渡邊さんの顔を見るため、さまざまなお客さんがコーヒーを飲みにやってくるのが「ワタナベコーヒー」の日常です。
今日は理事長の渡邊さんを支え、コミュニティースペース「桜華庵」を運営する堀田本町商店街振興組合副理事長の小林貴さんと一緒にお話をうかがいました。取材はお店がオープンしてからのことを中心に、堀田本町商店街と周辺地域の歴史を感じる昔話が渡邊さんから次々に飛び出しながら楽しく進行していきます。憩いの場となる商店街の喫茶店で、地元に根差した生の声を聞くことができる今となっては貴重な機会。地域のやさしさや知らなかった背景を知って愛着が増し、みんなのまちが続いていきます。
「まちで会えるじゃなくて、ここで会える」
みんなが集える、憩いの喫茶店ーー
ーーお二人は、堀田本町商店街に関わられてどれくらいですか?
渡邊:私は京都と東京の飲食店で3年ずつ修業して、堀田に戻ってきたのが昭和37年くらいです。家業の喫茶「シューカドー(当時は「秀華堂」)」に入って、親父とおふくろから「まちのために頑張って、行っておいで!」と言われたときから商店街に参加してるね。ここはブラザーさんのお膝元だから、工場勤務の方たちが集まってきて、映画館やパチンコ屋、キャバレーもいっぱいできたでしょ。多いときは、この辺りに全部で14の商店街があったんだけど、地下鉄が開通してまちの景色が変わってきたの。
小林:理事長は堀田まつりの名称が変わる前からなので、もう50年以上ですよね。僕は堀田で生まれ育って、幼少期は「シューカドー」さんが全盛期。喫茶以外に製菓部門もあって、お店の横でお菓子やケーキを買っていました。仕事で名古屋を少し離れてから戻ってきて、20年くらい家業の「美容室SUN」を営み、5〜6年前から堀田本町商店街振興組合の理事として、お祭りやイベントの運営などに関わっています。
ーー2019年度ナゴヤ商店街オープンで、堀田本町商店街にある元洋裁店だった空き店舗が、コミュニティースペース「桜華庵」と「ワタナベコーヒー」に活用されたのはどのような経緯から?
小林:昔は商店街にも喫茶店がちょこちょこあったんですけど、理事長がずっと営業されていたシンボル的な喫茶店の「シューカドー」さんが2018年10月に閉店し、皆さんが集える場所が少なくなっていたので、理事長と「どうにかしたいね」っていう話をしていたんです。ちょうどここがご商売をやめられて長く経過した古民家だったんですけど、「貸してもいいよ」というお話をいただいたので、名古屋市さんの力を借りて、このような形に改装させてもらいました。
今でこそ、堀田駅前にコミュニティセンターができたんですけど、ナゴヤ商店街オープンの頃は、堀田学区にはそういった場所がまだなかったんですね。そこで「もっと地域の皆さんに自由に利用してもらえる、使い勝手の良いレンタルスペースがほしい」という思いから、商店街が運営するコミュニティースペース「桜華庵」を作りました。「華」の一文字は、「シューカドー」さんの漢字「秀華堂」からいただいています。
ーー喫茶店には、最初から渡邊さんが立たれる予定だったのですか?
小林:元々はお店を出したいという若い店主さんがいらっしゃって、「桜華庵」の一角で理事長のコーヒースタンドを時々できればと考えていたんです。ちょうどコロナ禍が始まって計画が白紙になりまして、喫茶店のピンチヒッターとして理事長にご相談してご快諾いただきました。
「シューカドー」さんが閉店してこのお店が立ち上がるまでの間、理事長は商店街の植栽の手入れや、ゴミ袋を持って一日中草むしりをしていらっしゃったんですよ。僕も手伝ったりしていると、通りすがりに「マスター、元気〜?今何やってんの〜?」と声をかけられる方々が驚くほどいらっしゃって。これは理事長に直接会いに来られる場所があったらいいんじゃないかという思いもありました。理事長を最大限に尊重させていただいて、ご無理のないように、手の行き届かないところを僕たちがフォローできればと思ってやっています。
2021年12月オープンというコロナ禍での営業は、ある程度の覚悟の上というか。理事長の商店街に対する思い入れが強く、地域にご奉仕していただく感覚があったからこそ、今も続けられている感じです。
ーー普段のお客様は、地域の方が多いですか?
小林:基本的には理事長のつながりで、「シューカドー」さんから顔なじみの方が多く、ほぼ常連さんです。30〜40年来のお付き合いになるご近所の八百屋さんや、同じ時間帯に毎日来られる方もいらっしゃいます。入店後まっすぐカウンターの前に行っておしゃべりされたり、営業が落ち着いたときは、理事長も椅子に座ってお客様と一緒にテーブルを囲んだり。最近は、大学生グループなどの若い方も時々来られますね。
渡邊:折り紙好きな人が作られた季節飾りのセットをお持ち帰り自由にして置いたり、横浜からわざわざ新幹線に乗って来られたお客様に「地域の古い写真を見せてください」と言われたり、この地域に新しくお店を出す相談を受けたりもしました。
渡邊:いろんな方と会話できるのが楽しいですよ。堀田の地域が発展してきたことをお知らせできたり、昔のお話をしたり、そういうのが生きがい。「コーヒーがおいしい」って言って、また来てくださればありがたいね。
「やりたい」の声がゆるやかに届き、
自由な使い方のアイデアが広がるーー
ーーコミュニティースペース「桜華庵」はいかがですか?
渡邊:子どもさんとお母さんとおばあちゃんが一緒に来て、2階の部屋を一日借りてコーヒー飲みながら折り紙をされたことがあったね。本当に喜んでくださって、子どもさんが「私が上手に作った〜」って見せてくれました。
小林:本業と商店街のイベント運営もあり、レンタルスペースの受け入れ体制をちゃんと整えられていないのがお恥ずかしいところですが、堀田学区の子ども会の集まりや学生服の採寸会場、愛知キャンプカウンセラー協会の大学生さんによる地域の子どもたち向けのワークショップなど、ご利用が少しずつ広がってきました。2022年10月の第48回堀田まつりでは、名古屋調理師専門学校の学生さんがキッチンを使ってワッフルを販売し、地域の方々とうれしい協力関係が築けるようになってありがたいです。
「桜華庵」がオープンしてから、商店街のイベント拠点にも自由に使いやすくなりました。まち歩きすごろくやまちがいさがしラリーの受付、抽選会場などにしておおむね好評だったので、今年も何かやれたらいいなと。夏は「シューカドー」さんから譲り受けたかき氷機を復活させて、かき氷を販売したいですね。人が行き交う商店街の賑わいが少しずつ戻せるんじゃないかということでいろいろやっています。
僕がここを作るときに強い要望の一つとして言っていたのが、「このスペースで何かしら催し物をしたい」。この椅子は、淑徳大学建築・インテリアデザイン専攻の学生さんによる「つなぐ家具」です。ちょっと変わった形で全部が連なり、長いベンチシートみたいになるんですよ。例えば、落語家さんをお招きしたお話会のイベントで客席にしたり、使い勝手を考慮したアイデアを盛り込んで、柔軟なデザインから作っていただきました。テーブルも簡易的な作りで、脚をすぐ取り外して広く使いたいときに便利ですよ。ナゴヤ商店街オープンの取り組み自体は終わりましたが、ワークショップに参加していた学生さんに「つなぐ家具」をお願いして、その後も関係が継続しています。
商店街ならではのつながりや賑わい、
きっかけを生み出す場所ーー
ーーこの場所でこれからやっていきたいことは、やはり「桜華庵」の活用と担い手の育成でしょうか?
小林:そうですね。2021年から名城大学都市情報学部の「都市の再生」の講義で、このスペースを題材として、堀田本町商店街全体をどう活性化していけるのかを考える課題解決型学習が始まりました。これはナゴヤ商店街オープンの違う回に参加された田口純子先生が堀田本町商店街に興味を持ってくださって、名古屋市さんにつないでいただいたのがきっかけです。開催直前まで準備やリハーサルを進めて、なかなかまだ実施できていないんですが、学生さんがアイデアを出すだけじゃなくて、実際に現場で自分たちがやってみようというものでした。リハーサルには理事長も参加して、みんなでテレビゲーム大会をしましたね。
渡邊:初めてやって面白かったね。
ーーお話をうかがって、ナゴヤ商店街オープンの当初思っていたとおりにはならなかったけれど、かえっていろいろな人がいろいろなことを始められて、そこから何かが生まれ出す。そんな予感がしました。
小林:こちらの発信が十分に行き届いていないんですけど、コミュニケーションの中で皆さんから提案をいただいて広がっている感じです。「桜華庵」のレンタルスペースは使いやすい料金設定にしていますので、使い方はご利用者さんのご自由な形で、商店街に来れるような手軽な催しを何でもやってもらえるといいなと思っています。
そのためにもまずはご利用ルールをきちんと作り、こちらが対応できる受け皿の準備も大切。今は1階にピクチャーレールを設置して、身内の切り絵をお試しで飾っていますが、今後は表現の場を求められている方に、作品を発表する場としても使っていただけるとありがたいなと。レンタルショーケースや2階のレンタルスペースも含めて、展示会をゆっくり見た後に、理事長のコーヒーを飲みながら感想を話していただくのもいいですね。
ーー今後の展望はありますか?
小林:他の商店街とはちょっと話が逸れますが、堀田本町商店街の悩みは、利便性の良い地域なので、廃業されるとマンションや建売住宅にどんどん変わっていくこと。シャッター街であれば、シャッターを上げれば商売ができますが、お店自体がもうなくなっちゃって、商店街を現状維持することすら難しい場所ではあります。
商店街振興組合の上の方々が口をそろえて、地域コミュニティの担い手づくりに熱心になられていますが、今、商店街の価値を見出せるところはやっぱり地域貢献。まちの人たちがみんな出てきて顔を知ったり横のつながりができる、そういうきっかけを創出していくことです。そして、理事長の周りにいろいろな人が集まって来られたように、何かあったときに頼ってもらえるような存在であり続けることで、その役割として残っていける。「お祭りやるよ」「まちに賑わいがあるよね」というのが、今後商店街があって良かったと思ってもらえる唯一というか、本当に残された手段の一つだと僕は思うので、コミュニティースペース「桜華庵」を生かしながら、他のお店の人にも働きかけています。
・「桜華庵/ワタナベコーヒー」名古屋市瑞穂区惣作町1-27(お問い合わせ)