──いま、名古屋市内の「商店街」が少しずつ変化の兆しを見せています。
経営者の高齢化や後継者不足などの課題に直面し、シャッターを下ろす店が増えた昨今。この状況を打破するためには、地域の変化に合わせて商店街も変化していくことが求められます。
そんななか、名古屋市(経済局地域商業課)が取り組んでいるのは、商店街の活性化をめざして空き店舗を再生するプロジェクト「ナゴヤ商店街オープン」。2018年度から年間2〜3店舗の立ち上げを実現しています。
市内の商店街で続々と事業化が決定
プロジェクトでは毎年、対象となる商店街を公募。さらに、商店街で面白いことをしたい人、店を開きたい人などを一般募集し、アイデア出しから実際の開業までのプログラムを進行しています。
※プログラム内容の詳細は、ナゴヤ商店街オープン2020募集ページをご確認ください。
初年度には、名古屋駅西銀座通商店街(中村区)の「喫茶モーニング」、笠寺観音商店街(南区)の「かさでらのまち食堂(かさでらのまちビル)」、西山商店街(名東区)の「ニシヤマナガヤ」が立ち上がりました。2019年度に対象となった堀田本町商店街(瑞穂区)と柴田商店街(南区)でも、近々店舗が完成する見込みです。
直近の2020年度は新大門商店街(中村区)、そして2店舗目の開業をめざす西山商店街(名東区)の2商店街が舞台。どちらも現在、事業化へ向けて順調に準備中です。これまでにオープンした店舗はいずれも話題を呼んでいることから、期待が寄せられます。
プロジェクト誕生の背景には円頓寺商店街が影響
プロジェクトが生まれたきっかけについて、名古屋市経済局地域商業課推進係の竹本圭吾さんは次のように話します。
「商店街は衰退の一途を辿っていたのが現実でした」と竹本さん
「名古屋市の商店街振興組合数は、平成の約30年の間に約40%減少。組合員数も約60%減少しています。各商店街が抱える課題はさまざまですが、共通して挙げられるのは『そもそも魅力的な店舗が少ない』という点。イベントやセールに補助金を交付するだけでは、根本の解決につながりません。その一方で、商店街は地域の中心に位置していることも事実。『組織』が縮小しても、『場所』としての可能性はまだまだあるのではないかと考えたのです」
そこで着目したのが、円頓寺商店街(西区)での取り組み。円頓寺商店街はかつてシャッター街と化していましたが、地道な活動で再活性化した希少な事例です。その立役者となったのは、建築家の市原正人さん。円頓寺エリアの空き店舗対策チーム「ナゴノダナバンク」を立ち上げ、空き店舗の大家と開業希望者のマッチングや、店舗のリノベーションを手掛けてきました。
「市原さんは、ただ新規開業をさせるのではなく、『人を集める魅力のある店を開店させること』にこだわっていました。結果、じわじわと時間をかけて商店街の人通りが増えていったのです。他の商店街でもこうした動きを起こせないだろうか。そんな目論見から、ナゴノダナバンクをアドバイザーに迎え、ナゴヤ商店街オープンをスタートさせました」
めざすのは「エリアの特色形成」と「多様な働き方創出」
プロジェクトを発端に、商店街には目に見える変化が確実に起きています。たとえば西山商店街では「ニシヤマナガヤ」ができてから、顔の広い理事長さんでも見たことのない人たちがまちを歩いているそうです。人が集まれば自然とコミュニティとしての機能もはたらき、人が人を呼ぶ好循環が生まれています。
こうした変化を積み重ねながら、名古屋市が向かうゴールとは?
「『商店街の活性化』とは具体的にどんな状況なのか言語化したとき、名古屋市としてめざすべきは『エリアの特色が形成されること』ではないかと考えました。名駅・栄・大須は市外でも認知度が高いですが、それ以外のエリアはあまり知られていません。エリアごとの面白さがあちこちで語られるようになれば、市全体の魅力も高まるのではないでしょうか」
さらに、「もうひとつ……」と竹本さんは続けます。
「『若者の多様な働き方の創出』もめざすところ。商店街には低価格で借りられる空き店舗も多く、自営業などの働き方を提供できます。若者の流入が増えればまちが活気づき、エリアの盛り上がりにも相乗効果をもたらすはずです」
知恵を持ち寄って魅力的な店舗づくりを
続いて話を聞いたのは、アドバイザー陣。藤田まやさん、宮本久美子さん、植村康平さんの3人に、プロジェクトの面白さを語っていただきました。
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藤田 まやさん
株式会社ナゴノダナバンク代表、円頓寺商店街「化粧品のフジタ」、宅地建物取引士
円頓寺エリアの空き店舗対策チーム「ナゴノダナバンク」メンバー。ナゴノダナバンクは、西区那古野周辺のまちづくりに取り組む「那古野下町衆」の部会として結成。現在は市原正人さん、藤田まやさん、齋藤正吉さんによって独立した組織として、広域的な地域間連携による、魅力あるまちづくりに取り組んでいる。
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宮本 久美子さん
宮本久美子建築設計事務所代表、ボンドアーキテクツ共同主催、一級建築士
2018年度「ナゴヤ商店街オープン」にて笠寺観音商店街のプロジェクトに参加し、「かさでらのまち食堂」の設計者兼食堂の運営責任者を務める。その後も「かさでらのまちビル」や「笠寺スペースバンク」の立上げに関わるなど笠寺で活動を続けている。
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植村 康平さん
建築設計事務所代表、一級建築士
2018年度「ナゴヤ商店街オープン」にて西山商店街のプロジェクトに参加し、「ニシヤマナガヤ」の設計者兼入居事業者として事業に携わる。名古屋造形大学、愛知工業大学非常勤講師。
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藤田さんは、大正2年創業の老舗「化粧品のフジタ」に生まれ、円頓寺商店街とともに育ちました。プロジェクトにはどのように関わっているのでしょうか。
「参加者のユニークな意見と地域の人たちの想い、どちらも大切にしたい」と藤田さん
「ナゴノダナバンクのリーダーである市原さんは外側から商店街を見る視点を持っていますが、私は内側の視点でまちに関わってきました。商店街には、昔から地域を守ってきた人たちがいます。そんな人たちが蚊帳の外にならないよう、内と外の意見のバランスをとるサポートをしています」
そんな藤田さんから見た、ナゴヤ商店街オープンならではの魅力とは。
「店舗を開業する『場所』も、一丸となって取り組む『人』も、名古屋市が揃えてくれる。専門家のアドバイスももらえて、商店街も応援してくれる。もちろん参加者の努力は必要ですが、開業をするには最適な環境を用意できていると思います」
宮本さんと植村さんは、2018年度のナゴヤ商店街オープンに参加した当事者でもあります。お2人にはまず、参加者側としてエントリーした当時の経緯から教えていただきました。
宮本さんは「建築家としての地域貢献」を目的にプロジェクトへと参加
「藤田さんと以前から知り合いで、声をかけていただいたのがきっかけ。詳細を聞くと、対象商店街のひとつが偶然にも私の地元である笠寺だったんです。せっかくならば、建築家としての経験やスキルを地元のために活かしてみたいと思いました」(宮本さん)
「僕のためのプロジェクトだと思った」というほど植村さんの開業熱意は高かった
「建築士の自分とパティシエの妻、2人の拠点をいつか持ちたいと考えていたんです。仕事とは少し違うライフワーク的な活動ができる場所をつくれたらと。西山商店街は自宅からも近く、馴染みの場所でした」(植村さん)
かさでらのまち食堂は、複数のシェフが日替わりで営業するシェア食堂。宮本さんは事業主ではなく、あくまで運営責任者です。
「私を含めた参加者全員が、本業の都合もあって自分で店舗を経営しようとは考えておらず。そこで、運営委員会を発足して業務を分担する運営方法に落ち着きました。個々のリスクが少ない新しい働き方をつくれた上、多くの人が継続的に関わることで結果的にまちの盛り上がりにもつながったと思います」
開業までの道のりには苦労もありましたが、参加者同士で知恵を出し合って乗り切りました。
「地域に密着したまちづくりを行っている人、不動産業を営む人、今回の空き店舗で過去にスナックのママをしていた人……。気づけば、当初の参加者以外にも輪が広がっていました」と宮本さんは振り返ります。
Photo:ToLoLo Studio
反対に、ニシヤマナガヤの場合は植村さんが事業主として店を開きたいという意思が明確にありました。
「実現に向けた構想を、参加者の皆さんに育ててもらった形です。最初は建築設計事務所と焼菓子店だけを構えるつもりでしたが、想像より内部が広くて。方向転換し、複合店舗を開業することに。2階建の店舗内には、珈琲専門店、花屋、レンタルスペース、オーダーキッチンのショールームが入居しました」
現在も笠寺観音・西山の両商店街は進化を続けている様子。笠寺観音商店街では、かさでらのまち食堂が入るビル全体を「かさでらのまちビル」と名付けてグランドオープン。さらに、周辺に点在するシェアスペースを一元管理して貸し出す「かさでらスペースバンク」という取り組みも始まっています。西山商店街では、2020年度のナゴヤ商店街オープンによる新たな店舗も開業予定。
植村さんは「西山商店街の仲間として一緒に活動していけることが楽しみです」と笑顔を見せます。
店舗開業だけにとどまらない持続的な「まち」と「人」の変化
アドバイザーとして関わるようになってから得られた気づきも多いという、宮本さんと植村さん。
「最初は興味から参加していただけの人が事業をやりたいと心変わりしたり、住みたいと思いはじめたり。まちだけでなく参加者一人ひとりにも変化が起きるのだと実感しました」(宮本さん)
「地域の人たちにとっても良いシステムなのでは。全く知らない店ではなく、まちぐるみで創り上げた店がオープンすることは安心感につながります」(植村さん)
「ナゴヤ商店街オープンは、まちが変わっていく過程に携われる貴重なチャンスです。興味をもった方は、ぜひ参加を検討してみてください」と藤田さん。
2021年度も新たに対象商店街と参加希望者を募り、プロジェクトを継続予定です。はたして、どんな商店街が名乗りを上げ、どんな参加者が集まるのでしょうか。今後の動向にも注目したいところです。