「やっぱり地域が大事」と、20年近く教育の活動をしていた白上昌子さんが一念発起。2019年度ナゴヤ商店街オープンに参加し、夜になると歓楽街の顔をのぞかせる柴田商店街で、「マチの技術・家庭科室」をコンセプトにする昼の文化創造拠点「ShibaTable(シバテーブル)」を立ち上げました。コロナ禍でのオープンから2年弱が経ち、現在も試行錯誤が続く運営の中で、「商店街」やこの「場所」の可能性が見えてきています。
「子どもが安心して過ごせる場所が少ない」
まちの生の声を聞き、居場所を形にーー
ーー「ShibaTable」には、どんな思いが込められていますか?誕生の経緯から教えてください。
白上:私は元々、学校にさまざまな講師の方をご紹介するコーディネーションをずっとやっていて、教育や児童福祉の分野に長年関わってきました。自分の中でもいろいろな経験があり、「子どもたちのより良い教育をしていこうとすると、学校を支えるだけではダメだな。やっぱり地域ってすごく大事だよな」って考えるようになって。これまでは子どもたちが住んでいる地域のコミュニティ活動に支えられている部分がありましたが、子ども会がどんどんなくなっていく中で地域力は衰え、学校と家庭が全部背負っていかないといけないことが年々深刻化している状態に課題意識を持っていたんです。
白上:「ShibaTable」はよくわかんないことをやってるなって感じだと思うんですけど、私の中ではもっと手触り感のある形で直接子どもたちと触れ合いながら行政にも働きかけて、「ここが問題ですよね」っていうことをリサーチしていきたい思いもありました。2年弱やってみて、ここでどんなことが起こるのか、気づきがすごく出てきましたね。
マチの技術・家庭科室であり、
マチの図書室でもある「ShibaTable」ーー
ーー「ShibaTable」は2021年5月オープン。コロナ禍でちょうど緊急事態宣言が発令され、大変な時期でしたよね?
白上:2019年度ナゴヤ商店街オープンの取り組みは、2020年度中にオープンできると良かったんですけど、なかなかそういう状況でもなくて、大家さんと名古屋市さんにちょっと待ってもらえませんかっていうご相談させていただいて。建物自体の内外装の工事だけは2020年度中に終えて3月に引渡し、オープンはその後でした。
「ShibaTable」の立ち上げに向けて、私自身は「人と集う」のがすごい大事だなって思っていたことが社会的に否定され、はばかられる状況だったので大変でしたね。感染対策上は、人との接触を避けるのがやむを得ないこと。そこでお店を開けても人を呼べないし、困ったなと思いながらキッチンの配置も配慮して、1年間はちょっとどうしたもんかと悩んでいました。
ーー「ShibaTable」はキッチン付きレンタルスペース「マチの技術・家庭科室」と、名古屋市図書館と協力して行われている「マチの図書室」の取り組みが魅力的です。
白上:「マチの図書室」の開室時間は毎週火・木・土曜10~12時。 それ以外の日時をレンタルスペースとして貸し出しています。
今すごく私設図書室が流行っているように、図書が与える影響の大きさや読書はすごく大事だっていうことは私もよくわかっていて、名古屋市図書館「ここにもライブラリー」のサービスを活用しました。名古屋市図書館から絵本や児童書を中心に約300冊が届き、毎月本を入れ替えるので、新しい本との出会いを楽しみにしているリピーターさんもいらっしゃいます。貸出・返却はもちろんOK。「ShibaTable」以外の市の図書館の本を、ここで返却することも可能です。月に一度司書さんが来られる日は、本の相談や図書カードの発行も行います。
白上:本のジャンルを絵本や児童書にしたのは、私の抱える教育の課題・子どもの問題をたどり、未就園児からアプローチすることによっていろんなものが見えてくるんだろうなということからです。「ShibaTable」を始めるきっかけになった、「子どもが安心して過ごせる場所が少ない」という地域のお母さんの声にも応えました。
白上:子どもたちが手に取りやすいという理由で絵本を選びましたが、それは後から「やさしい日本語」っていう解釈でも取れるんだって、私自身もわかったんです。もちろん、ちっちゃなお子さんを連れてベビーカーを押しながら来てくださる方もいらっしゃるんですけど、グループホームの大人の方も絵本を読みに来られるんですよね。車椅子に乗って、介添えの方々とご一緒に。ここはバリアフリーなので安心ですし、商店街の散歩コースとしてすごくいいみたいです。
特にコロナ禍ですから、行動範囲が限られる中で見つけていただき、「ここ使えるよ」みたいな口コミが広まって、障がい者や日本語を学習している外国人の方のご利用も。子どもは保育園でどんどん日本語を覚えてきますけど、親は地域のつながりも学ぶ機会もそんなに多くありません。例えば図書館では読み聞かせしてくれないんだけど、一応ここに来れば、私は読めないなと思ったら代わりに読むので、そういうニーズに応える場所にはなっています。ご利用の皆さんは、「近隣の図書館が遠いので助かる」とも言ってくださって。公共施設の空白地帯にこういった場所ができたのは、行政側としても良かったと思ってくださってるんじゃないでしょうか。
大家も、まちも、ちょっと喜べる
場所のデザインと工夫ーー
ーー大家の平岡さんは「ShibaTable」ができていかがですか?
平岡雪:入っていただいて、ありがたいです。雰囲気は静かだったときよりも、ずっといいと思いますよ。
平岡道男:親父が柴田で一番古い食堂をやっていたんです。私は仕事で外に出てから伊勢湾台風の後に戻ってきて、食堂を継いでリニューアルしたのが、この隣の「丸平ラーメン」。当時は南区随一の繁華街で、ものすごく忙しかったね。30〜40年続けてお店は譲りましたが、商店街のメイン通りの賑わいも今の様子も見てきましたね。大家になっていたこの物件は、お花屋さんが10年くらい営業してから空いていて、鹿島さんからナゴヤ商店街オープンのお話をいただきました。
白上:この場所を使っている私の側としては、設計された方の哲学がやっぱりすごく反映されているなって思っているんです。隣にお住まいの大家さんのおうちとここをつなぐような形の扉にして、なんとなく生活が垣間見える。親は失礼にあたるから入っちゃダメだよって言うんだけど、子どもはそういう場所が好きですからね。扉の向こう側で大家さんがお茶を飲まれていたら、「なんかちょうだい」っておねだりすることもあるじゃないですか。
新しく引っ越してきた人と、何十年もここで過ごされている地域住民の人と、ここの間の一つの空間地帯でつながれることが、私はすごく大事な意味を持っているかなって。皆さんが「ShibaTable」で過ごすのはわずか1〜2時間だけれども、設計のプロが入るからこそ演出される空間だと、利用して人が動くことでわかる機能だけじゃないところを改めて再認識しています。「いろんな人が使えて、いろんな人が集える場所がいいですよね」っていうわけのわかんない私のわがままなリクエストに対して、臨機応変に対応できる形で作ってくださったんだなって。
平岡雪:あったかみがあるよね。普通にばんと閉じるよりね。
平岡雪:ここが図書館なのか、何をするところかもまだわかってない人がいっぱいいると思うんで、知ってもらえるといいですね。
鹿島:今年はもっと商店街から発信しないと。
白上:ものすごくありがたかったのは、鹿島さんのご紹介で、近隣の幼稚園と保育園と学校に案内を配布させていただいて。一個人が突然行ったら「何なんですか?」って門前払いですけど、「柴田商店街にある『ShibaTable』の白上です」っていうわずかなつながりの一つを頼りにした一言の肩書きで、校区の方々は私のことを商店街の人・地域のお店だとご理解いただいて。とりあえず聞くリアクションをくださるのは、やっぱりすごく大事だなって思います。特に教育関係はハードルが高く、関係者以外お断りとなるので、そこに私が入っていくためにまず一つ壁がなくなるというか説明しやすい。それはきっと一つの地域でずっと根を張ってきた商店街っていう歴史的に積み重ねてきたものもあるでしょうし、人脈やつながりみたいなものがいろんな人たちに対して安心感を与えてるから。商店街にずっといらっしゃる人は気づかないけど、私は外の人だから本当に価値を感じています。
地域の交流・持続を支える、
価値ある良質なコミュニティーー
ーーこれから「ShibaTable」でやっていきたいことや展望はありますか?
白上:2年弱やっていく中でやっぱりまだ試行錯誤ではあるんですけど、地域の持っている価値や柴田の子どもたちの良さは、すごく大切に伝えていかないといけないと感じています。その価値を生かして、どのようにちゃんとお金の循環を作っていくかは知恵の出しどころです。ビジネスプランも「白上さんの勘所はいいんだけど、お金になんないよね」とありとあらゆるところに言われて。そうですよねと言いつつも、だから私の抱える課題もなくならないから、どうしたもんかなと悩みながら今もやっています。
事業モデルとしてはレンタルスペースなので、利用してくださる方を増やしていきたいです。そのためには場所貸しを待っているだけではなくて、まずは「ShibaTable」からいろんな企画を提案して、「自分もこんなことをやってみたい」っていうプレイヤーをどう育てていくか。良質なコミュニティが出来上がって、中もちゃんとしっかりつながり、「なんかすごい面白いことやってるね」と外から評価されるようになると、初めてお金が動くだろうという感覚なんですよね。それはとても時間かかることですが、私としては本質的なことだろうなって思ってるんで、そこを信じてやり続けて育てていくしかないっていう感じです。
鹿島:僕はずっと商店街の畑なので、商売をメインにやってこられた小売店との付き合いがほとんど。白上さんみたいなタイプの熱い人は初めてで、「教育ということで、そこまで突き進めるんだ」っていうのがすごい。「それどうやって稼ぐの?」って事あるごとに突っ込むんだけど、白上さんは「他のお店とは違う。今、私は土づくりしているんだ」って言い続けてみえるので、商店街のプログラミング講座の講師を依頼したり、できる限りですが応援しています。
柴田商店街の新しいプロジェクトとして、地域コミュニティスペース「279ステーション」が2016年にスタートして半歩進み、「ShibaTable」でホップステップとなったところ。「ShibaTable」のキッチンを有効利用してイベントの幅が広がったり、2023年度から始める毎月第4日曜のマルシェに協力してもらったり、ここがあることでできるようになったことが増えました。2021年度ナゴヤ商店街オープンで「まちの縁側 SHIBATerrace」を構想し、もう一段階でかいジャンプで、何とかこのエリアを少しでも変えたいなって。
白上:やっぱり何か商店街に求めているものも変わってきてるのかなって、私自身もちょっと感じていて。全国どこでもそうだと思うんですけど、おいしいものを好きなところで食べられたり、オンラインで簡単に買い物ができたりする中で、あえて足を運ぶ商店街の価値とは一体何なのか。私みたいな素人の人間が今までの延長線上じゃない感覚で、商店街の価値を見出してるわけですよね。もっと地域にその価値を還元してほしいです。
・「ShibaTable」名古屋市南区柴田町2-10-5(@shibatable2021)