2020年のナゴヤ商店街オープンに参加した、名古屋市中村区の新大門商店街。ここにはかつて中村遊郭が存在し、その跡地の約500m四方が商店街の区域となっています。名古屋駅から約1.5kmと便利な立地にありながらも、昔ながらの横丁や専門店が残り、下町風情漂うエリアです。
これまではシャッターの閉まっている建物が多く見られた一方で、最近では新たな店が増え、まちの景色が変化しつつあります。2021年、DIY・リノベーションなどを行う会社「soiro living」がオープンしたDIYショップ・工房などが入る「soiro building」や、2022年、商店街オープンの対象物件にオープンした紅茶専門店「Teapick」もそのひとつです。
そこで今回は、Teapickの田中耕平さんと青山祥さん、soiro buildingの松本啓太さんにお話を聞くことに。自ら実行委員となって商店街でマルシェを開催するなど、地域との深い関わりを築いている彼ら。なぜ、ここで店を開くことを選んだのでしょうか。そして、オープン後にはどんな変化があったのでしょうか。
まちの多様性と人の温かさに惹かれて、新大門商店街へ
—— 元々は、紅茶のオンラインショップとしてスタートしたTeapick。実店舗出店に挑戦しようと思った背景には、どんな経緯があったのでしょうか?
田中:さかのぼると、僕たち2人が出会った大学生の頃からずっと、「将来はカフェを開きたい」という目標がありました。最初に夢を実現する場所として、ほかの友人も含めたメンバーで一緒に立ち上げたのが、地下鉄高岳駅近くにある「カフェバー Lit」です。そこで僕は、紅茶メニューの監修を担当しました。
青山:彼は紅茶で、僕はコーヒーが得意分野。カフェ運営のほかにも、それぞれが専門性に特化して、カフェの開業サポートやイベントプロデュースなどの事業に取り組んできました。
田中:さらに紅茶に特化した活動をしたくて、独自ブランドとして始めたのがTeapickのオンラインショップです。紅茶専門店としてイベント出店もするようになり、毎回来てくれるお客さんも増えてきてから、徐々にTeapickの実店舗化を意識するようになりました。良い物件があれば出店したかったのですが、半年くらいなかなか見つからなくて。
青山:この物件はイメージにぴったりで、すぐに気に入りましたね。
—— 田中さんと青山さんは商店街オープンの参加者ではありませんでしたが、どうやってこの物件と巡り逢ったのでしょうか?
青山:「さかさま不動産 ※」の藤田恭兵さんにお誘いいただいた交流会で、商店街オープンを開催している名古屋市の方々と知り合ったのがきっかけです。「開業のための物件を探している」という話をしたところ、この物件をご紹介いただきました。
※空き店舗を借りて事業に挑戦したい人の想いを掲載し、貸主を募集する不動産マッチングサービス。商店街オープンとも一部連携しながら、新大門商店街の空き店舗活用に関わっています。
田中:さっそく物件の見学をしてみたら、立地や店内の広さなどの条件が満たされていて、ちょうど良い場所だなとしっくりきました。地域の方々が優しくて親しみやすかったことも、入居の決め手になりました。以前から「地域に根付いた店にしたい」という思いがあったのですが、ここでならその理想が実現できそうだと思いました。
松本:この辺りでは、現代の都市部ではあまりないような、ご近所同士のコミュニケーションが色濃く残っている気がします。そんな人情味が“大門らしさ”なのだと思います。
青山:内覧に来たときにも、近隣に住む方が気さくに話しかけてくれました。ご近所さんから開店祝いのお花や差し入れをたくさんいただきましたし、その後、常連になってくれた方々も多いですね。地域に根付いた店にしたいと思っていたものの、こんなに早く馴染めるとは。商店街の理事長もよく気にかけてくれますし、松本さんのように地域で面白いことをしているプレイヤーもいて、良いまちだなと。
松本:オープン前に、2人揃ってふらっとsoiro buildingに来てくれましたね。
田中:ビル1棟丸ごと使って何か始めた人がいると聞いて、気になって突撃しました。「このまちは面白いんですよ!」と熱弁されたのを覚えていますね。
松本:大門は“ごちゃごちゃ感”が面白いですよね。昔から長く住んでいる人も、周辺のマンションの増加で新しく流入してきた人もいて、この土地ならではの歴史もあれば、新たな魅力を放っている店もある。人も文化も新旧が共存していて、こんなに多様性が高い街は名古屋市内でもめずらしいと思います。
田中:店の改修にあたっては、ソイロさんにお世話になりました。オープンまですごいスピード感で内装・外装を仕上げてくれましたね。
松本:うちは、店舗デザインから施工まで対応できるのが強み。スケジュールとクオリティの兼ね合いを検討しながら、そのときのベストは尽くせたのかなと思います。
青山:松本さんに「何かあればすぐに走って行きます!」と言ってもらえて、心強かったですね。実際、本当に何度か走って来てくれました(笑) 最初のうちは、扉が外れたり、ドアノブが取れたりといったトラブルがあって。築約70年ということでちょっとした不具合もあるだろうという前提で借りていたので、「仕方ない、松本さんを呼ぼう!」と笑って乗り越えられました。
商店街で店を構えたからこそ生まれた、新たな関わり
—— soiro buildingは、Teapickより約1年早くオープンしていますね。屋上付き3階建てのビルという広い物件ですが、この場所を見つけるまでには苦労したのでしょうか?
松本:物件情報はいろいろ見て、ずっと探していましたね。今の物件は、不動産情報サイトで見つけました。でも、その前から、新大門商店街のことは印象に残っていたんです。実は、商店街オープンのアドバイザーを務めている藤田まやさんが、昔働いていた会社の同期で。大門での取り組みについて、以前から耳にしていました。個性豊かで魅力的なまちだなと思ったし、物件の規模も予算も希望通り。当初から、モノをつくる場所・飲食が楽しめる場所・イベントが開催できる場所といった機能を持たせたいと考えていたのですが、この広さなら叶えられるという想像が膨らみました。
—— 2021年に木工加工の専用機や工具が利用できる「工房ソイロ」(1階)を、2022年にイタリアンレストラン「山田食堂」が運営するカフェ(2階)をオープンして、まもなくイベントスペース(3階)もオープン予定ですね。
松本:はい。今後、さらに改変させていく予定です。また今年、面白いことを発表できると思います。
田中:それは楽しみですね!
—— soiro livingのDIY・リノベーションの仕事としては、Teapick以外の商店街内の店舗にも携わっているのでしょうか?
松本:いちばん深く関わったのはTeapickさんですが、月に1回程度は商店街内から依頼がありますね。家具を作ったり、店舗に限らず住宅のちょっとした修理をしたり。オープン直後によく「ここは何の店なの?」と聞かれて、そこから自然と交流が生まれて、「こんなこともお願いできるの?」と依頼をされるようになりました。お客さんのうち、約半数は中村区内の方々ですね。
田中:Teapickも、平日は地元のお客さんが多いですね。イベント出店やSNSから知ってくれた層と、地域住民の方々が同じ空間で紅茶を楽しんでくれています。
—— 地域の人やお客さんに限らず、商店街周辺の他店舗との関わりもあるのでしょうか?
青山:他の店に遊びに行くこともありますし、Teapickのお客さんに「あの店もおすすめなので、ぜひ行ってみてください」とショップカードを渡して紹介することもあります。せっかくなら、商店街周辺を散策して楽しんでほしいので。近隣には、さかさま不動産で空き店舗物件とマッチングして生まれた「みんなで駄菓子屋(仮)」もあるので、駄菓子屋と一緒に取材を受けることも多いですね。
田中:彼は、駄菓子を買いに来る子どもたちにすごくなつかれていますね。Teapickにも小学生の子が紅茶を飲みに来ることが多々あります。
青山:あとは、マルシェの開催をきっかけに、今まで接点がなかった店の人たちとも親交が深まりましたね。
まちに散らばる魅力をつないで、日常ににぎわいを
—— みなさん、新大門商店街周辺が会場の「軒先マルシェ」の実行委員として活躍していますね。2回目の開催となった今年1月のマルシェには約50店が出店し、規模が大きくなったとともにまちの盛り上がりも感じました。きっと、運営も大変だったのではないでしょうか?
青山:開催区域を広げたことと、関わる組織・団体が増えたことで、取りまとめの大変さはありましたね。松本さんが調整役として奔走してくれました。
松本:中村区役所との共催事業として「歩行者天国会場」も設置したので、やることは増えましたね。でも楽しかったです。和の素材を使ったかき氷・甘味や抹茶の店「shizuku」さんや、洋菓子と天然酵母パンの店「あおい」さんといった、地域で愛されている店の方々が実行委員メンバーとして尽力してくださったのも、ありがたかったです。コンセプトに共感していただいて、みんなで同じ思いを持って運営に取り組めたことが、マルシェの成功につながったのだと思います。
青山:大門には、shizukuさんやあおいさんのような人気店もあるし、隠れた名店もある。でも、それぞれが“点”として存在していて、エリアを“面”で見てもらえる機会がなかなかなかったんです。各商店、そしてまちの魅力を知ってもらいたい、というコンセプトが根幹にあります。
松本:「軒先」の出店ブースのほか、買い物や飲食を楽しみながら大門エリアの店を回遊できる仕組みとして、「商店街の実店舗内にも2〜3組の出店者が集まる「マイクロショップ」も設けました。お気に入りの店が増えて、大門エリア全体を好きになり、継続的に足を運んでくれる人が増えたらうれしいですね。あわよくば、地域外からの出店者さんたちにもこのエリアに興味を持ってもらって、大門で新しく店を開きたいという人が現れたらいいなと。
田中:マルシェ当日、Teapickにも「ずっと気になっていたけれど、来るきっかけがなかった」というお客さんがたくさん足を運んでくれました。今日も、マルシェで知ってから再訪してくれたお客さんがいました。
松本:1回目・2回目で反響があったので、次回開催のハードルが上がっていますね(笑) それに今年は、大門のまちができてから100周年の節目なんです。時期や内容はまだ検討中ですが、記念となるようなイベントも開催できればと考えています。
—— 最後に、今後の課題や目標があれば教えてください。
松本:大門に足を運んでくれる人は増えたのですが、それでもまだ、商店街を歩いている人の数は多くありません。イベントの短期的な盛り上がりで終わらず、もっと日常ににぎわいをもたらすことが現状の課題です。面白い店や人は揃っているので、それを知ってもらう機会を継続的につくっていきたいですね。
田中:Teapickでも、おいしい紅茶やリラックスできる時間を提供するのはもちろんですが、コミュニティの場としての機能を発展させて、商店街のにぎわいの一翼を担うことができたらと考えています。
青山:何かやりたいことがあるプレイヤーさんにTeapickの場所を使ってもらったり、コラボしたり、ずっと面白いことが溢れかえっている店にしていけたら。その活気で地域内に明るい影響を与えられると良いですね。
魅力ある店が集まってきている新大門商店街。それでも、日常的に多くの人が行き交う商店街をつくることは、簡単ではありません。人が集まる場・まちを知ってもらう場を創出し、そして地道に継続していくことで、点と点がつながっていきます。大門のまちの変化は、まだまだ始まったばかり。5年後、10年後にどんな光景が待ち受けているのか、今から楽しみです。
・「Teapick」名古屋市中村区名楽町1-14(@teapick_teapick)
・「soiro building」名古屋市中村区羽衣町30-4(@soiro_living)