モノや場所などを共有するシェアリングサービスは、見渡せば社会のあらゆる場面で活用されています。その波は、ついに商店街にも押し寄せていました。
今回ご紹介するのは、名古屋市南区にある笠寺観音商店街の取り組みです。お話を伺うのは、商店街オープンに携わった3人。この「かさでらのまちビル」のオーナーであり運営者の青山知弘さん。「かさでらのまち食堂」の代表であり、自身では宮本久美子建築設計事務所にて建築家を勤める宮本久美子さん。3階のレンタルキッチン「はにーずキッチンラボ」や「かさでらのまち食堂」の運営に携わる中村実知子さんです。
商店街オープン後の取り組みやそこから得た学びや課題、町に起こった変化についてお伺いしました。
ーー2019年5月、本笠寺駅前に位置する笠寺観音商店街に、空きビルを活用したシェアキッチン・かさでらのまち食堂がオープン。その約1年後の2020年4月には、ビルの1階から3階にさまざまなテナントのプロジェクトが入った「かさでらのまちビル」が誕生しました。ビル1棟からさらに活動範囲を広げて、町に散らばるシェアスペースを束ねたグループ「笠寺スペースバンク」も動かしていますよね。
宮本:誰もが自由に、多様な使い方ができるようにと、シェアを基軸としています。例えば「笠寺スペースバンク」では、コワーキングスペースや食堂、レンタルキッチン、民泊など、仕事・料理・住・催の4分野の施設を借りることができます。
1つの場所で完結するのではなくて、まずビルの中で横断的に利用できるように。そこから町の中でも横断する仕組みをつくることで、街一つ丸ごと借りているかのような一体感を持たせています。
ーー認知を広げるだけでなく、関わる人も増えていきそうです。現在、利用者が多いシェアスペースはどちらでしょうか?
宮本:地下のかさでらのまち食堂と、2階の寺子屋・かさてらこや、3階のレンタルキッチン・はにーずキッチンラボ です。かさてらこやは、無料で使える少人数制の現代版寺子屋。私は、街の人は誰もがスキルを持っていると思っているのですが、それを披露する場所は、あまりないと感じていました。なので、いろんな人にとって気軽に開いた場所をつくりたいという思いがありました。
ある日の打ち合わせで、「ビル内に一箇所、無料で活用できる場所があるのはどうか」と提案し、かさてらこやが誕生しました。かさてらこやは、無料にすることで利用ハードルを下げていますが、うまく起動に乗れば笠寺スペースバンクの他の場所も活用してね、という流れになっています。
青山:かさてらこやは、ビルのエントランスにあるカレンダーボードに書き込むだけで予約できます。現地に行けなくても、メールだけで申し込み可能です。ボードに書かれた予約は、Web上のカレンダーと同期しています。
ーーリアルな場とカレンダーの両方で運用しているのですね。
宮本:オンラインだけでは町の人が知り得ない情報になってしまうので、どのように可視化するかを念頭に置いて仕組みをつくりました。エントランスのカレンダーは、愛知淑徳大学の建築を学ぶ学生たちと協働でデザインしています。
ーーそしてレンタルキッチンのはにーずキッチンラボも利用者が多いと。利用者さんが増えている理由は何だと思いますか?
中村:レンタルキッチンと食堂で相互関係があるのが、理由の一つだと思っています。食堂の利用者が下準備のためにキッチンを借りる。一方でキッチンの利用者が、次回は食堂でもやってみたいと挑戦したり、はにーずキッチンラボ利用者さんが食堂にご飯を食べに来たりと循環しています。今は、実店舗ではなく、間借りやマルシェ、webでの販売経路が気軽に参加できるのも理由の大半だと思いますね。
ーーかさでらのまち食堂にも反響があるのですね。
さらに過去の利用者が、周囲の人たちへと勧めてくれるなど、口コミの力も大きいです。私たちも気づかないうちに裾野がどんどん広がっている感覚があります。おかげさまで、これまで約35組のシェフが利用登録し、日替わりシェフを勤めてきました。現在も利用者の応募が途絶えることなく、月一回の説明会を定期的に行っています。
宮本:ただ、一般的な飲食店開業に比べて「シェア食堂」というのは参加ハードルが低い分、辞めるハードルも低いのが課題です。偶然かもしれませんが、オープン後半年が経った8月、登録を外される方が続出しました。月1シェフなら一週間も営業していないことになります。なので、シェフ説明会の際には必ず「おおよそ半年が続けられるか続けられないか、精神的にジャッジのタイミングが来るようです」とお話しています。長く続けてもらうためにどうモチベーションを維持したらいいかを、考えていきたいと思います。
ーー口コミが広がっていくことで、地域内外にも影響を与えていると感じました。皆さんのアクションが、周囲に影響を与えたという出来事はありますか?
青山:偶然かもしれませんが、かさでらのまちビルができてから、商店街内に3店舗、おにぎり屋とベトナムの食材屋、フランス料理屋がオープンしました。近年、商店街のお店は減る一方でしたので、僕たちの活動が新店舗を始める人の背中を押す力になったかもしれません。
ーー新型コロナウイルス感染症の流行によって、特に飲食業や民泊は苦労したことが多いのでは?
宮本:そうですね。最初の緊急事態宣言が出た頃は、かさでらのまち食堂の経営が不安定になりました。シェフの方々も、私たちもどうしていいかわからない。出店者が3組だけの時期もありました。それでも、テイクアウト専門に切り替えてやり続けた甲斐があり、売上が立ちました。むしろ在宅勤務中の方が、昼に弁当を買いに来てくれたりと、コロナ前では知り得なかった地域の方々との接点ができたのは良かったです。
ーーコロナ禍のライフスタイルの変化に合わせた柔軟な対応ができて、すごいと思いました。1階の民泊「デラstay」やコワーキングスペース「かさロン」はいかがでしょうか?
青山:民泊の利用率をいかに上げていくか、この町に合ったコワーキングスペースの使い方は何かを、考えては挑戦しています。例えばこれまでに、地域にあるいろんなコンテンツ、例えば朝市や地産のはちみつと掛け合わせた宿泊プランを考えてみましたが、うまくいかなかったですね。情報発信など広報活動が十分じゃなかったことも、一因かと感じていますが、今後も知恵を絞って挑戦していきたいと思っています。
ーーここまで商店街がオープンした直後の活動を伺いました。最近の取り組みとして、具体的にどのようなことを行っていますか?
宮本:2021年に、軒下を活用した「道くさ社会実験」を実施しました。本笠寺駅前の東西100mの通りを舞台に、歩けば2分程度の駅に向かう道で道くさをしてもらおうというものです。よくあるイベントではなく、日常に添ったものとするため、1ヶ月間毎日、軒下や外壁を借りて、ちょっとした演出を続けました。
具体的には、4つのアイテムを展開して、町の人たちがどんな反応をするかを検証しました。ワゴン販売の「軒先ワゴンshop」、商店街にあった木のベンチをリデザインした「植栽ベンチ」、名古屋市図書館に協力いただいた、青空文庫のような移動本箱「ヤドカリBOOKワゴン」、ホワイトボードやボードゲームによる「壁コミュニケーション」を常設しました。その後は、今後の活動に活かしていくために、そこで得たアンケートの回答や実数値を分析しています。
ーー社会実験をやってみた結果はどうでしょうか?
青山:通勤時にホワイトボードを見るのを楽しみにしていた方がいて、社会実験が終わった時に「なくなって寂しい」という声を聞きました。夜中にひと知れず書き込んでいる人もいましたね。なので、今もかさでらのまちビルの外にホワイトボードを残しています。
ボードゲームの難易度が高い設問には、立ち止まってずっと考えている人もいました。老若男女問わず壁を介したコミュニケーションが生まれ、道くさ効果があったと感じています。
宮本:普段、商店街で夜に営業している店はないですが、社会実験中は夜に珈琲や焼き菓子の出店もあって、夜も人の賑わいが見られました。なので2022年1月からまずは月1回、かさでらのまち食堂で夜カフェを始める予定です。そこから、夜営業をやってくれる人が増えたらうれしいなと願いを込めて。
ーー皆さんのお話を伺っていると、手を止めることなく、さまざまな取り組みを多方面で行っている様子がわかります。ですが、誰しもやってみようと思ってすぐ実行し、継続できない気がしていて……。
宮本:この商店街には、「だめ」って言う人が1人もいないんです。「とりあえずやってみなよ」っていう空気を、青山さんがつくっています。ただその中でも、私は魅力的なモノゴトを生むためにデザインが大事だと思っていて、「カッコ悪い」と思うことに対しては、ちゃんと意見を言います。
ーー自由だけではいけなくて、自由とコントロールのバランスが大事だと感じました。最後に皆さんそれぞれ、これから商店街でやっていきたいことや展望はありますか?
宮本:商店街内の店が増えてほしいですね。小売をやりたい人や、居場所をつくりたい人はたくさんいる。ですが、賃料の支払いなどハードルが高いので、少しでもハードルを下げられるような仕組みをつくってみたいと思っています。
中村:そうですね。私は特に、出店者さんが物を売る場所を確保したいです。1人で飲食店をやるのが難しくても、複数人でシェアすることで成り立つ仕組みはここにあります。それを活かして、一人ひとりが挑戦できる機会、賑わいを生み出したいです。
宮本:その町にとって、目指すべき賑わい度合いがそれぞれあります。この笠寺観音商店街は、まったりゆったりできて、商売も成り立つくらい。その町に住んでる人が、「うちの町はこんなことをやってるよ」って、誰かに言えるぐらいが理想だと思い始めています。
青山:商店街オープンをはじめとしたまちづくりは、集まってくる人たちによってやれることも、やりたいことも、変わっていきます。だから自分の描いた理想を実現しようとするよりも、面白いことをやろうとしている人を応援することの方が現実的。それに自分が想像もしていなかったコンテンツが生まれてきて、町が豊かになるんじゃないかな。
一人では、一店舗ではできない課題がたくさんある。そんなとき、誰かと必要なときに必要なものをシェアできる仕組み、何よりその安心感が、未来への活路を拓くだろう。
だからこそ、私たちができるのは、この商店街と町への期待と好奇心を胸に、新しいサービスを使ってみることなのではないだろうか。