商店街の商業機能再生を目指し、新たなコンテンツの考案・実現に取り組む「ナゴヤ商店街オープン」。その一環である「商店街店舗連携イノベーション事業」では、商店街エリア全体の活性化につながる商品・サービス開発、販路開拓事業などを支援しています。対象となるのは、商店街の複数組合員で構成された店舗グループ。2020年度には、藤が丘中央商店街(名東区)と円頓寺商店街・円頓寺本町商店街(西区)が事業に採択されました。
藤が丘中央商店街では、まちの暮らしを伝えるトラベルブック「On the hill」を制作。円頓寺商店街では、まち歩きに特化したマップ「マチシルベ NAGOYA EKISHIRO TRIVIA MAP」を制作。偶然にも、どちらの商店街も共通して「情報発信媒体」を作ることで地域と向き合ってきました。
それぞれ、どんな思いで事業に取り組み、どんな気づきを得られたのでしょうか。
お邪魔したのは、藤が丘中央商店街での事業の中心メンバー・片桐さんが営む雑貨店「Meji」。ここで2商店街の対談を実施し、存分に思いを語り合っていただきました。
(写真左)父の代から続く珈琲豆ストア「コモン」の店主 坂口温郎さん。(写真中央)セレクトショップ「NEEDLE&THREAD」とライフスタイルショップ「Meji」、2軒の店主 片桐好章さん。妻の秀弥さんも制作メンバーの1人。(写真右)創業60年近くもの歴史を持つ文房具専門店「太田商店」の代表 太田亜佐子さん。3人ともに藤が丘中央商店街振興組合 理事を務めている。
(写真左)大正後期に創業し、戦後から現在の場所に店を構える「飯田洋服店」の店主 飯田幸恵さん。(写真右)大正2年創業の「化粧品のフジタ」を実家に持つ、藤田まやさん。飯田さんは円頓寺本町商店街振興組合の理事であり、藤田さんはまちづくり会社「ナゴノダナバンク」の代表を務めている。
藤が丘中央商店街
地下鉄東山線の始発・終点「藤ヶ丘駅」(現在の藤が丘駅)が開業したのは、1969(昭和44)年のこと。田園地帯にまちが生まれてから約50年が経ちました。住宅地として整備が進み、2005年にはリニモが開業。現在まで変化を続けつつも、名古屋の中心部とは少し違った穏やかな空気が流れます。
片桐さん:「今回作ったのは、藤が丘の今を伝えるトラベルブックです。よくある商業的な店紹介の情報誌ではなく、新旧の歴史や暮らしを紹介しようと思いました。“旧”を表現するページでは藤が丘の歴史について、“新”のページでは僕が主催しているマルシェ『early bird』について紹介しています」
太田さん:「藤が丘の歴史を語るのに欠かせないのが、当時、藤森東部土地区画整理組合長だった柴田正司さん。地下鉄を誘致するため、車庫用地を無償で提供すると市交通局に掛け合って、地元住民にも粘り強く説得をしたそうです。柴田さんは太田商店にもよく通ってくれていて、県外から嫁いできた私から見ても“偉業を成した人”という尊敬の対象でした。だから、このページは自分で書きたいと思ったんです」
片桐さん:「商店街で何かに取り組もうと思うと、どうしても“加盟店ありき”になりがち。でも、そうした括りに縛られず、まっすぐにまちのことを伝えられたらいいなと。ディープな店を取材したり、地元の人なら知っている小児科の先生と対談したり、まちの良さを詰め込みました。僕たちの姿勢を受け入れてくれた、理事長や商店街の方々には感謝しています」
藤田さん:「新しいことを始めるには、“行動できる人”と“許可を出せる人”が揃っていることが重要ですよね」
片桐さん:「ちなみに、表紙をめくった最初のページは、坂口さんのお父さんが文章を書いてくれました。藤が丘では名物的な人ですね」
坂口さん:「父は『木曜日』という喫茶店を経て、『珈琲豆ストア コモン』を開きました。今は、僕が『コモン』を続けています。このページの挿絵も、以前にうちの店で働いていた作家さんが描いてくれたんですよ」
飯田さん:「『木曜日』って、あの有名な? 昔よく行きました!」
坂口さん:「父がコーヒー店をやっていたんですが、その後に2階で母が紅茶店を始めたときに人気が出たんですよね。僕が受け継いで10年。両親が長く続けてきてくれたからこそ、いろんな人とのつながりができ、今の活動があります。父とは面と向かってそんな話はしないですが(笑)」
円頓寺商店街
円頓寺本町商店街
江戸時代に城下町が造成され、明治時代には市内でも有数の盛り場となった円頓寺・円頓寺本町商店街。藤田さんは東側の円頓寺商店街、飯田さんは西側の円頓寺本町商店街で生まれ育ったそうです。
飯田さん:「家業は父の代まで紳士服の仕立て。私の代からいろんな洋品を扱うようになりました。実は私、昔は藤が丘で働いていたんですよ。当時、勤務先と同じビル内にあった洋服卸売会社とのつながりが、洋品を扱うきっかけになったんです。店の仕事以外では、まち歩きのガイドをすることも。最初は商店街の歴史をあまり知らなかったのですが、以前に円頓寺周辺の情報をまとめたフリーペーパーを作っていたことで、自分の暮らすまちにどんどん興味がわきました」
藤田さん:「片面は商店街にフォーカスしたマップ。もう片面は名古屋駅〜名古屋城の広域マップ。円頓寺・円頓寺本町商店街を含む名古屋駅から名古屋城にかけてのエリアは、観光回遊ができると言われながらも、道中に何があるのかあまり知られていません。そこで、レトロな建物や橋、味のある路地などの魅力をマップに落とし込んでみました。どちらの面も、まち歩きの楽しさを意識して、まちにあふれるトリビアや商店街・店の歴史などをピックアップしています」
藤田さん:「本町のほうには、明治時代に創業して戦前〜戦後に商店街に移ってきた店が多かったり、1980年代のアーケード改修のタイミングでオープンした店は意外とないとわかったり。ここ数年でまちづくりが盛り上がり、新しく開業した店も年表に入れました」
太田さん:「円頓寺といえば、30年くらい前、あの辺りに店の商品を仕入れによく行きました。玩具の卸問屋街が近いので、縄跳びなどを買いましたね」
飯田さん:「仕入れに来る人は多かったみたいですね。取材ではまちのいろんな姿を知れて楽しかったです。こんなにゆっくりいろんな店に話を聞く機会なんて滅多にないので。それをまとめる作業は大変でしたが」
藤田さん:「夏に汗だくで行ったら『アイス食べやぁ』とか、おもてなしてくれる人もいましたね。取材を快く受け入れてくださるのが嬉しかったです」
片桐さん:「それぞれの商店街の違いが面白いですね。円頓寺には、長い歴史から育まれた文化がある。一方で、藤が丘は比較的新しく開発されたまちなので、シャッター街にはなりにくいというメリットもあれば、個人店に寄り添いにくいという懸念点もあります。駅前は家賃が高く、こだわりを持った個人店は点々と散らばってしまう。何か始めようと思ったとき、どう連携しようか迷うこともありました。でも、太田さん・坂口さんをはじめとしたまちの人たちと知り合ってから、良いチームワークができました」
太田さん:「このトラベルブックがきっかけで、藤が丘に関わる人たちとの縁が広がりました。今は藤が丘を離れたけど懐かしんでくれる人や、海外に住んでいる娘に送ってあげたいという人。文字にしたからこそ、いろんな物語が生まれました」
片桐さん:「瞬間的なもので終わらせたくなかったんです。コロナ禍でいろんなものが失われつつありますが、やっぱり最終的には人と人とのコミュニケーションやぬくもりが大切。それゆえに、直接手渡して、肌で感じられる紙の冊子にこだわりました。配布方法もやみくもではなく、まちに興味のある人に配りたいですね」
坂口さん:「藤が丘は地下鉄もリニモもあって、高速道路のインターも近い。利便性が高く、転勤で住み始める人も多いエリアです。店で『先月引っ越してきたんです』と会話をした人には、藤が丘を紹介するのにぴったりな1冊としてお渡ししています」
片桐さん:「商店街の組合員の方々にも『こういうのだよ、待っていたのは!』と喜んでいただけました。少しずつでもまちを変えるには、誰かが一歩踏み出さないといけない。市役所と良い協力関係を結べたのは、後押しになりました。また違う表現で、次の『On the hill』のようなものが作れるといいですね」
飯田さん:「円頓寺・円頓寺本町商店街のみなさんも、マップの発刊をすごく楽しみにしてくれていました」
藤田さん:「マップが完成してからも、商店街周辺にはさらに新しい店が増えています。最新の情報を届けられるよう、マップ内にはウェブに誘導するQRコードも入れました。時間をかけて聞き込みやリサーチをしてきたので、蓄積した情報は今後別の形で表現できるといいなと考え中です」
「商店街店舗連携イノベーション事業」では、その名前の通り店舗組合員同士での“連携”が必須。複数店舗がともに取り組む体制が、商店街活性化を促進させます。「誰かがやってくれたらいいな」ではなく、「自分たちのまちは、自分たちの手で面白くする」。そんな思いを持った仲間が増えれば、まちの姿は少しずつ変わっていくのかもしれません。
<藤が丘中央商店街トラベルブック設置場所>
・「NEEDLE&THREAD」名古屋市名東区宝が丘4-2(@needleandthread_10)
・「Meji」名古屋市名東区宝が丘4-1(@meji.shop)
・「コモン」名古屋市名東区富が丘69(@common.2013)
・「太田商店」名古屋市名東区藤が丘67(@otashouten)
<円頓寺商店街・円頓寺本町商店街マップ設置場所>
・「飯田洋服店」名古屋市西区那古野 2-12-8
・「化粧品のフジタ」名古屋市西区那古野1-12-6