名古屋随一の知名度を誇る、大須商店街。いつも多くの人でにぎわい、活気にあふれているイメージですが、その裏にはさまざまな試行錯誤がありました。
中区大須エリアの8つの振興組合会員から成る、大須商店街連盟。2021年度、ナゴヤ商店街オープンの「商店街店舗連携イノベーション事業」の対象商店街として採択され、新たな挑戦をしてきました。商店街の活性化につながる商品・サービス開発、販路開拓事業などを支援するこの事業。コロナ禍の真っ只中、大須商店街がイノベーションを起こすために選んだ手法は、まちの魅力を伝える動画の制作でした。
あらためて「情報発信」に力を注いだ意図とは?事業を通じて得られた新たな気づきとは? 大須商店街連盟 理事の井上誠さん、中野公嗣さんにお話を聞きました。
知っているようで知らない、大須の魅力を動画コンテンツに
(写真左)大須商店街連盟 情報化部長・常任理事/「トイショップ ルーシー」の井上誠さん、(写真右)大須商店街連盟 執行部 渉外部長・常任理事/「中野呉服店」の中野公嗣さん。2人のほか、「喫茶モカ」の樋口大樹さん、「大須おみやげカンパニー」の石原基次さんも「商店街店舗連携イノベーション事業」に携わった。
—— 今回8本の動画を制作し、大須商店街連盟の公式YouTubeチャンネルで公開していますね。そもそもなぜ、動画を作ろうと思ったのでしょうか?
中野:大須商店街には観光名所も地元住民向けのスポットもあふれているのに、意外と「発信」をする機会が少なかったんです。公式ウェブサイトや商店街内で配布中のマップはあるものの、最新のメディアを活用して発信するまで手が回っていなかったのが、正直なところ。商店街連盟の若手の中でも、「もっと発信力を高めなくては」という意見が上がっていました。
井上:大須は名古屋周辺の人なら誰でも知っている商店街ですが、私たちの肌感覚では、全国的な知名度はまだまだ。県外、さらには海外の、大須を知らない人たちにも魅力を伝えていこうと、新たな層に届けるコンテンツとして動画を作ることにしました。
中野:コロナ禍でいろんなイベントが中止になって、商店街を訪れる人も減っていた時期だったので、何か打開策を考えなくてはという思いもありましたね。
—— 動画を通して伝えたかった「大須の魅力」とは、どんなところですか?
井上:大須は、アンダーグラウンドからメジャーなものまで、多種多様なカルチャーが詰まった“ごった煮”な雰囲気が魅力。ただ、グルメやファッションの情報は各店がSNSなどで発信しているのですが、まちの歴史については広く伝わりきっていないと感じていました。そこで、“ごった煮”の中でも特に「歴史ある名所」の魅力を抽出しました。
中野:たとえば、大須のまちは江戸時代から門前町として栄えてきましたが、発展の中心となった「大須観音」がなぜこの地にできたのか知っていますか? 実は、大須観音はかつて、岐阜県羽島市桑原町大須にあったのですが、徳川家康の命によって現在地に移転し、それから周辺地域が「大須」と呼ばれるようになりました。こうした歴史を知っていると、より有意義なお参りができるのではないでしょうか。
井上:大須観音のほかにも、長い歴史を持ちながらもハイテクな面も多い「万松寺」、中部地区で唯一の寄席「大須演芸場」、昭和52年にオープンした「アメ横ビル」、まちなかで古墳に登れる「那古野山古墳公園」、さらには、レトロな路地裏や居酒屋から、創業100年以上の老舗企業まで。動画を作るにあたって、どのスポットを取り上げるかは、商店街連盟の若手みんなで案を出し合って決めました。
中野:地元アイドル「OS☆U」のメンバーに出演してもらったので、OS☆Uファンの方々も動画を見てくれているようですね。大須演芸場の動画では講談師の旭堂鱗林さんも出演し、“大須演芸場ヒストリー”を軽妙に語ってくれています。
井上:居酒屋を紹介する動画には、エキストラで僕も登場しているんですよ。カウンターでお酒を飲んでいます(笑)。
発信したことで見えた、新たな気づき
—— 背景まで目を凝らしてみると、ほかにもおもしろい発見があるかもしれませんね。動画を公開してから、周囲の反響はありましたか?
中野:大須の歴史に興味を持ってもらえたという反響はもちろん、意外なところにも注目してもらえるようになりました。例を挙げると、「ポテチン横町」や「文殊横町」といった細い路地も、僕たちにとっては日常の風景ですが、初めて見る人にとってはフォトジェニックに映ったようです。誰かにとっての「当たり前」も、別の誰かにとっては「新鮮」な情報。商店街のどこを切り取ると興味を持ってもらえるのか実証できる、良い機会になりました。
—— 外部に向けて発信することで、内部でもあらためて気づきを得られたのですね。
井上:今回の動画を制作したことで、次なる課題も見えてきました。コンテンツを強化して、情報を見てくれる人も増えて。あとは、実際に訪れた人たちを迎える受け皿をどうつくっていくか。約1,200の店舗・施設が立ち並ぶ大須商店街では、「モノ消費」は充実しているのですが、「コト消費」の場がまだ足りていません。独自のイベントやアクティビティなど、価値ある体験の機会をもっと創出していきたいですね。
中野:各店のグルメやファッションなどの「モノ消費」をおろそかにして良いというわけではないんです。大須商店街が発展を続けてきたのは、いつの時代も魅力的な店があるから。まちが店をつくるのではなく、店がまちをつくる。おもしろい店が増えれば、まち全体もおもしろくなっていきます。ただ、個々の頑張りだけでは届かないところもある。店と店、人と人をつなぎ、新たな価値を創造することこそ、私たち商店街連盟の存在意義だと考えています。
井上:今回、商店街連盟の若手が集まって意見交換をしながら動画制作に取り組んだことで、若手の連携が強化されるという、うれしい副次的効果もありました。これまでは、上の世代の方々の意見をベースに動くことも多かったのですが、若手メンバーにも主体的に動く意識が芽生えてきたと思います。
次のステップとして、商店街の新たな場づくりも
—— 最近では、8月に「大須夏まつり」も開催されましたね。こうしたイベントにも、商店街連盟のチームワークが活かされているのでしょうか?
中野:まつりでは、若手に限らず商店街連盟の全員が一丸となって、サンバパレード、コスプレパレード、OS☆Uライブ、手筒花火、eスポーツ大会などの催しを盛り上げました。今年は私が実行委員長を務めたのですが、委員長は毎年交代制なので、「これを乗り切ったら成長できる」という人材育成の場にもなっています。
井上:イベント以外にも、商店街のマップ制作にも毎年力を入れています。大須は新店出店など常に変化が多いまちなので、商店街連盟の中でチームを組んで、1年ごとにマップを更新しているんですよ。商店街内の各所に設置しているので、見かけたらぜひ手に取っていただきたいですね。
—— そのほか、これから商店街で取り組んでいきたい活動はありますか?
中野:商店街内に建設されたマンションの1階に、商店街連盟としてスペースを借りられることになったので、大須の活性化のために活用していきたいと考えているところです。
井上:ただ観光案内所にするのでは、もったいない。大須を訪れる観光客はネット上の記事やSNSなどで既に情報収集をしていることが多いので、観光案内所をつくっても無用の長物になりかねない。それに、毎週土日、招き猫がある「ふれあい広場」を拠点に、ボランティアガイドの「大須案内人」がさまざまな質問に答える活動をしているので、観光案内は事足りているんです。そこで、どんなスペースにするのか商店街連盟内で話し合って、アイデアを固めています。
中野:今挙がっているのは、企業や団体のPRスペースとして場所を貸し出すという案。何でもOKのレンタルスペースではなく、魅力的な商品やサービスを紹介するサンプリングショップとして活用してもらい、「あの商品が試せるなら大須に行こう!」と人が集まるきっかけを生み出せると良いですね。
井上:もうひとつ、おもしろいコトを起こそうとしている若者にチャレンジショップとして場所を貸して、開業を後押しする場としても使ってもらえたらという案も出ています。最終的にどんなカタチになるにしろ、何かのついでではなく「目的地」として足を運んでもらえる場所をつくれたら、このスペースの存在自体が大須の魅力になると思います。
イノベーション事業を通して一体感が高まったことを契機に、新たな課題と挑戦に向き合い始めた大須商店街。インバウンド需要の回復で外国人観光客も増えるなか、これからの大須はどうなるのか? 試行錯誤の連続の先にある未来に期待です!