変わりゆく社会の中で、「どのような働き方や生き方を選ぶのか」という問い直しが生まれています。それは障害をもつ方やひきこもりの方にとっても、きっとこれまでにないスタイルが生まれているはず。商店街というコミュニティの中でも、多様な人たちが働くための土壌を耕している人たちがいます。
今回ご紹介するのは、名古屋市中村区にある駅西銀座通商店街(名古屋駅西銀座通商店街振興組合)の取り組み。お話を伺うのは、商店街内にあり「一日中モーニングが食べられる場所」として知られる「喫茶モーニング」の店主・三澤加奈子さん。そして、喫茶モーニングの立ち上げに携わり、企画の立場として関わる福祉NPO法人「オレンジの会」の山田真理子さんと、太田智子さんです。
喫茶モーニングは、名古屋市主催の「商店街オープン2018(商店街商業機能再生モデル事業)」の一環として、築約80年の木造の古民家をリノベーションしてできました。商店街オープンに参加し、立ち上げにも携わったオレンジの会は、ひきこもりの方をはじめとする、社会的孤立状態に置かれた人たちへの就労支援を行っています。
駅西銀座通商店街を拠点に活動するお三方に、商店街オープン後の取り組みやそこから得た学びや課題、町に起こった変化について尋ねました。
ーー2018年の商店街オープンから約3年が経ちました。喫茶モーニングはもうすぐ3周年を迎えますね。
三澤:オープン当初は外国人観光客の方も多くいらっしゃいましたが、今はほとんど見かけないですね。でもありがたいことに、地元の方や常連さん達のおかげで成り立っています。
ーーお店を始めてみて大変だったことは何でしょうか?
三澤:うちを選んでいただく“決め手”をつくるのが難しいですね。名古屋という土地柄、モーニング文化が根強く同業者も多い。ここにしかない価値をどうやって生み出すかを試行錯誤しています。
そのためにも、できるだけお客さまの声を聞いて実践することを心掛けていますね。例えば、以前「珈琲がぬるい」とお客さんにご指摘いただいたことがあります。たしかに「あたたかい」珈琲を提供していましたが、名古屋の喫茶店の珈琲は、火傷しそうなぐらい熱いのが定番であり文化です。そこで珈琲を入れる前にカップを温めて、熱々の珈琲を提供するようにしました。そういった小さなことから、より良いサービスができるように努めています。
ーーオレンジの会は喫茶モーニングの後、同じ駅西エリアでセレクトお土産店「OMYAGE NAGOYA」、パイ専門店「MEAT PIES MEET」も始めています。運営してみていかがでしょうか?
山田:コロナ禍でもテイクアウトの店だから大丈夫かと思っていましたが、お土産需要が少ない影響もあって苦戦しました。ここは障がいを持つ方やひきこもりの方にとっての訓練の場所でもあるので、売上以上に仕事がないことが一番つらかったです。
ーーOMYAGE NAGOYAやMEAT PIES MEETは、社会的孤立状態に置かれた方々も働いています。でも一見、そういった方が働いているとはわからない。デザインや見せ方において、クオリティを妥協せずにやっているからだと感じました。
山田:パッケージをはじめ、ブランディングやデザインは複合施設「ホリエビル」のオーナーであり、デザイン会社も経営する堀江浩彰さんに依頼しています。私たちはずっと福祉の畑で活動していて、普通に何かをつくっても、町中で普通にカッコいいと思える商品にはならなかった。私たちが「これぐらいなら普通のお店に見える」って思っているのは、まだ福祉らしさのある店だったと反省しました。
ーーつまり、「ひきこもりの方や障がいを持つ方がやっている」と、主張したい訳じゃないと。
山田:一般的な店が「健常者のレストラン」とか言わないのに、なんで障がい者が働く店は「障がい者がやっています」ってわざわざ言うのだろうと感じています。だから、「ひきこもりがやっているお店なので、ぜひ来てね」とは言わない。そうでないと、「自分はひきこもりじゃない」「自分の悩みはそうじゃない」と感じるひきこもり真っ只中の方が、来れなくなってしまうので。
ーーOMYAGE NAGOYAやMEAT PIES MEETとは別に、喫茶モーニングでもひきこもりの方や障がいのある方が訓練されています。そうした方の変化や、喫茶モーニングのスタッフさんとの勤務について、聞かせてください。
太田:喫茶モーニングが開店してすぐに就労活動を行っているので、もうすぐ3年になります。これまでに12名の方が関わり、当時からずっと続けている方は2名。経済的自立ができるようになった方や、ここでの活動をきっかけに、就職活動に挑戦する方もいます。
山田:うちに来るのは接客の仕事への苦手意識がある方が多く、いろんな方が出入りする喫茶店でやるっていう子は少ないかもって、ちょっと心配していました。
でも喫茶モーニングの仕事は厳しいノルマやルールがなく、逆にチャレンジできる余白みたいなのがあって。その人それぞれのペースで進めていけるので、私たちがつくりたかった働く環境に叶っていると思います。
ーー働いている方の親御さんからも、意見や感想をいただくことはあるのでは?
山田:「まさかうちの子がこうして働けるなんて」と、驚かれる親御さんがいました。特に施設外就労の仕事は、私たちの仕事の中でも一般に近い仕事です。「もしかしたら一緒に働けないかも」と思っていた親御さんが、一般的な就労に近い活動ができる姿を見て、可能性や希望を感じたといったお声を聞いています。
ーー逆に大変だったことは何でしょうか?
太田:比較的体調の波がある方が多いので、勤務日に行けなくなる、休みが続くなどの調整が必要です。私たちは支援員なので、急な欠勤などの対応に慣れています。でも喫茶モーニングの方はあくまで飲食スタッフの方なので、どこまでお願いしてもいいのか、判断が難しいと感じました。
三澤:でも本当に真面目に働いてくれていますよ。ひきこもりの方ってコミュニケーションが苦手なイメージがありましたが、全然問題ないですね。「外で働きたい」と強い意志を持っている方がうちに来てくれるので、少しずつサポートしながらできることを増やしています。
でも最初の頃は、どう接していいのか、伝え方は大丈夫なのかなど、声のかけ方に戸惑いました。でも支援員さんから、「思ったことは割り切って伝えてください。大丈夫ですから」と教えていただき、今は自然な感じで仕事をお願いしたり、指示しています。
ーーこうしたそれぞれの不安や疑問を解消するために、何か実践していることはありますか?
太田:月1回、喫茶モーニングのスタッフさんと私たち支援員とのミーティングを行い、情報共有やそれぞれの疑問を解消しています。
そして働いている方々から、何が困難だったか、何をしていると楽しいかなど、話をこまめに聞いていますね。彼らの中には、今までずっとひきこもっていたり、障害があったりと社会性の獲得が難しい方がいる。状況を把握することで、関わる人たちすべてが安心して働けるように、よりよいサポートができるようにしています。
ーーここまで皆さんの話を聞いて、「障害者がやっているから行く」ではなく「魅力的な店だから行く」場所を目指していると感じました。
山田:町にスーパーがあったり、美容院があったり、法律事務所があったり……暮らしていくために必要な物の一つに、福祉事業施設があってもいいと思うんです。今はいらないと思っていたけど、急に必要になるかもしれない。必要のない人にとっては、全く必要がない場所です。ただ必要がないと思っていても、自分の子供とか孫とか、自分の家族の誰かが、もしかして障がいを持ったり、不登校で困ることは、この先全くないとは言えないので。
太田:「なんとなく行ける場所」みたいな、セーフティーネットでありたいですね。家にずっと居るのは気が詰まる。でも、どこに行けばいいのかわからないみたいな時に、ここがあるって居場所を作りたいと思っています。
山田:働いてないと外に出れないと思っている方が多いんです。働かなくても、私たちの事業所で働く選択肢があるって知ってもらえたら、もっと世の中生きやすいんじゃないかと思います。
ーー最後に、今後やっていきたいことや展望について、聞かせてください。
三澤:喫茶モーニングに来るきっかけの一つに、珈琲があるといいなと思っています。店内の焙煎機で挽いているので、珈琲のこだわりをもっと知ってもらえるとうれしいですね。モーニング目当てでお越しいただいて、珈琲もおいしいと思っていただけるようにしたいです。
山田:私たちは、この2〜3年間で事業所の引っ越しや新店舗の立ち上げなど、新しいことに挑戦してきたので、それらを継続していくことに注力したいです。
太田:皆さんが安心して通われるのが一番ですね。いろいろつくって広げてきましたが、あまり作りすぎると今度は飽和状態になっちゃうので、バランスを大事に、今あるものを続けていけるようにしたいと思います。
何気ない笑顔のあの人も、特別に見えるあの人も、きっと自分なりの課題を抱き、解決するために悩んでいる。一見自分とは違う生き方に見えても、誰もが同じようにもがきながらも楽しみを見つけて生きている。
そんな想像力を働かせることができれば、そして等身大の自分を受け入れてくれる居場所があれば、世の中に漂う閉塞感を打ち壊してくれるのかもしれない。そうやって駅西銀座通商店街の取り組みが、個人の多様な働き方や生き方を実現するための一石を投じている。