名古屋市では2021年から、自分の好きなまちを面白くしたいと考える人のために「まちコーディネーター養成講座」(通称:マチコ)を開講しています。どうすれば、まちが豊かな場所であり続けられるのか。マチコでは、実際に商店街へ足を運んでまちづくりのプロセスやアプローチを学び、再生プランを考えます。
講座を修了し、まちコーディネーターとして一歩を踏み出した卒業生たちは、それぞれ各地で活躍している様子。そこで今回は、マチコ一期生たちに会いに行き、「その後」の話を聞いてみました。
まちと関わり、まちを考える、三者三様の思い
訪れたのは、大曽根商店街(北区)にある「喫茶はじまり」。2023年8月、3階建てビルの「つどいタウン」内に開業したこの喫茶店。実は、マチコ一期生の高野仁美さんが開業したお店なんです。高野さんと同じく一期生の西畠巧さん、山口翔大さんにも集まってもらいました。
「喫茶はじまり」代表で「小倉トースト普及委員会」の委員長としても活動中の高野仁美さん(写真右)、看板製作会社で働きながら各地で商店街の活動をサポートしている西畠巧さん(写真中央)、大学生の頃にマチコに参加して現在は社会人一年目の山口翔大さん(写真左)。
—— まず、マチコに参加した経緯から教えてください。みなさん、どんなきっかけがあったんですか?
高野:私はマチコに参加する前に、2019年度に堀田本町商店街(瑞穂区)を対象とした商店街オープンに参加したことがあったんです。まちづくりにはずっと興味があって、でも具体的に商店街で何かしようとまで考えたことはなくて。職場近くの堀田が舞台になると知って、せっかくなら行ってみようかなと。それから約2年後にマチコが開催されると知って、まちづくりへの理解をもっと深めようと参加しました。
山口:僕は大学で地方自治について学んでいて、地域コミュニティの現場を知りたいと思っていたんです。自治組織の活動に興味があって、地元でも消防団に入っています。地域の課題と向き合いながらもっと盛り上げる方法を学びたくて、他に何かできることがないかと探していたときに「ニシヤマナガヤ」のことを知りました。運営する植村康平さんにお話を聞きに行ったら、「これからマチコっていう新しい講座が始まるよ」と教えてくれました。
商店街オープンから生まれた、名東区・西山商店街内の複合施設「ニシヤマナガヤ」
西畠:僕も高野さんと同じく、最初のきっかけは商店街オープンですね。なんで参加したかというと…暇だったんです(笑)。看板メーカーに勤めているので、それまでは全国、特に東京でたくさん仕事があったんですが、コロナ禍で出張仕事が減ってしまって。空いた時間で何をしようかなと考えていたときに、職場から近い西山商店街での商店街オープンを知り、参加しました。それから、マチコや柴田商店街(南区)での商店街オープンにも参加したり、他地域の商店街にもお手伝いに行ったり、何かと動き回ってきました。
「看板から」「古着から」それぞれにできるアプローチを
—— 時間の使い方はさまざまだと思いますが、西畠さんの興味が「商店街」に向いたのはなぜでしょう。
西畠:真面目な話をすると、コロナ禍で経済に大ダメージがあって、看板製作を取り巻く広告業界にも大きな影響が出たことが大きいですね。そんな中で、もっとローカルから経済を回していくものや、身近なコミュニケーションツールになるものとして、僕らの商材が使えないかな…とかは、ちょっとだけ考えました。
実際に、マチコや商店街オープンのつながりで相談を受けることも増えました。誰かが商店街で開業するときに、看板製作をしたり、店舗装飾やプロモーションのサポートをしたいり。関わってきた商店街は…数えたことはないけれど、20近くあるんじゃないかな。「こんなことできない?」と聞かれたらできるだけ応えたいなと思っているので、仕事じゃなくても自分にできることなら力添えをしたいですね。
山口:西畠さんはみんなの「助っ人マン」的存在ですね。マチコに参加すると、地域も年齢関係なくいろんな人と仲良くなれますよね。
西畠:一生懸命何かをやろうとしている人や、芯のある人が多いので、年上・年下関係なくリスペクトし合えるよね。そういう人たちと活動できたのも、自分のモチベーションになったと思います。
—— 山口さんは、内田橋商店街で積極的に活動しているそうですね。
山口:内田橋商店街(南区)には、マチコの翌年2022年度の商店街オープンから関わり始めました。名古屋市のプログラムでも周辺地域のお話は聞いていて、ちょうどその年の商店街オープンで内田橋商店街が舞台になると知り、これも縁だなと思って参加したんです。
学生主体で始めた「内田橋とつげき見守り隊」は、現在も続けています。おじいちゃん、おばあちゃんの家を訪問し、何かお手伝いをする代わりに服をもらうという活動です。世代が違っても、「いつ着ていたんですか?」「どんな思い出があるんですか?」と古着を通して共有の話題ができることで、交流が深まるんですよ。いただいた古着は若者向けにコーディネートして、商店街のお祭りや他地域のイベント出店で販売し、収益は商店街活性化に役立てています。
高野:私も、以前は内田橋近くに住んでいたんですよ。だから、皆さんがいつも集まっているお店も「あ、あの味噌カツの店だ!」とかわかります(笑)。
大曽根商店街に誕生した「はじまり」の場所
—— 高野さんは、大曽根商店街で開業の夢を叶えましたね。なぜ、この場所で喫茶店を始めようと思ったんですか?
高野:元々、学生時代に大曽根でよく遊んでいたので、馴染みがあったんです。まちづくりに関わる活動で知り合った人たちも大曽根に集まってきていて、知った顔も多いので、自分で店を持つなら居心地の良い大曽根がいいなぁと。
「いつか喫茶店を開業したい」というのは、大学時代の進路選択のタイミングから考えていました。名古屋生まれ名古屋育ちで、家族そろってモーニングに行くような家庭で育ったので、喫茶文化がすごく好きなんです。コミュニティづくりにも興味があったので、名古屋で何か場を持つなら、喫茶店がいいなと。大学卒業後は、業務用パンのメーカーに就職して、喫茶店にパンを卸したりメニューを提案したり、喫茶業界に裏方として関わってきました。
—— 「喫茶はじまり」が入るこのビルは、商店街オープンの再生プランの対象物件でした。入居を決めるまでに、どんな経緯があったのでしょう。
高野:大曽根商店街の商店街オープンには参加していなかったのですが、成果発表会を見に行きました。このビルを活用する構想は面白いなと思ったのですが、3階建て・約180平米の広さなので、当初は自分が事業主になる想像まではできなくて…。
商店街内で他に物件がないか探したんですが、条件に合う物件が見つからず。大曽根での開業を諦めるか悩んでいたときに、どうやらこのビルをシェアして運用できることになったらしいと聞いて、「それなら私にも借りられる!」と手を挙げました。店名には「いつか、このまちがもっとにぎやかになったときに『そういえばあのお店がはじまりだったよね』と言われるような場所でありたい」という思いを込めています。
西畠:僕も何か手伝えたらと、看板を作らせてもらいました。
高野:「喫茶はじまり」だけでなく、「つどいタウン」内の各店舗の看板も作ってくれましたね。つどいタウンは、シェアキッチン・レンタルスペース「はじまる」、アートスペース「スタート」、保護猫カフェ「ねこへやta助」のみなさんと一緒に、4事業者で運営しています。このビルが、商店街の新たな集いの場になればいいなと思います。
—— 初めての店舗経営。きっと大変だったのではないでしょうか?
高野:もう本当に…すごく大変でした(笑)。でも、開業してみてあらためて、「商店街っていいな」と実感しましたね。周りの人たちがとにかく親切なんです。プレオープン初日にお店のエアコンが壊れたときは、商店街のいろんな人たちが様子を見に来て、スポットクーラーを持ってきてくれました。トイレが詰まったときも、まだ清掃用品がそろっていなくて、ご近所さんに貸してもらいました。商店街の人たちがいなかったらどうしていたんだろうと思うくらい、たくさん助けられています。
「やりたいこと」だけじゃなく、「やらなきゃいけないこと」に向き合う
—— 山口さんは大学卒業後、現在のお仕事でまちづくりとの関わりはあるのでしょうか?
山口:シンクタンクに就職したので、行政・企業のさまざまな社会課題の調査や解決策立案に携わっています。まちづくりよりもう少し手前の「計画策定」が主な仕事ですが、マチコや商店街オープンで地域の現場を見てきた経験は、役に立っていると思います。やっぱり、机上の空論では、現場で本当に求められる支援から離れてしまうと思うので。
直近では、とある地域の商業振興プランの作成業務に関わっています。計画に向けて、実際に商店街へお話を聞きに行ったのですが、「こんなことに困っている」という具体的な声にも共感しながら調査ができているのは、マチコでの学びのおかげだなと感じました。
—— 仕事を頑張りながら、地元の消防団や内田橋商店街でも活動して…と、フットワーク軽く飛び回っていますね。
山口:忙しいですが充実していますね。明日も、内田橋商店街の活動でイベント出店をお手伝いしてきます。それ以外にも新城市の「若者議会」という、若者が政策立案をして実行していく取り組みにも時々携わったりしています。若者議会は以前に委員メンバーとして活動していたのですが、今もOBとしてお声がけいただく機会があって。政策評価をする過程は、シンクタンクの業務とも近いものがあり、勉強になっています。
高野:私も、商店街の一員として地域行事に関わるのはもちろん、実は消防団でも活動しているんですよ。マチコでいろんな商店街の事例を見る中で、もっと本気で地域の中に入り込んで、泥臭いことをやらなきゃいけないと思ったんです。イベントやワークショップなど「やりたいこと」だけをやれたら楽しいかもしれないけど、商店街には現実的に「やらなきゃいけないこと」がたくさんある。困っているところにちゃんと向き合うため、消防団に入団しました。日頃、訓練やパトロール、定例会などに参加しています。
防災活動は、まちづくりとも親和性が高いと思います。最近も、「喫茶はじまり」を会場に、ボードゲームを使った「避難所運営ゲーム」の体験会を企画しました。こうした活動から、地域コミュニティとのつながりを築いていきたいですね。そこからお店にも来てもらえたら、もっとうれしいです。
西畠:僕は最近、商店街以外の界隈でもつながりが増えて、興味の幅が広がっています。たとえば、音楽やアート。こうしたカルチャーに造詣のある人たちと、まちをつないでいけたら面白いかもしれませんね。
あのまちで、このまちで…新たな企てをカタチに
—— これからやってみたいことはありますか?
高野:大曽根を「ジャズのまち」にすること! 北区では、ジャズでまちを盛り上げる取り組みが行われていて、大曽根商店街でも毎年「名古屋ジャズストリート」というイベントを開催しているんです。でも、普段の商店街にはまだまだ、ジャズ要素が少なくて。「喫茶はじまり」では、いつも店内BGMをジャズにしているんですよ。気づきました? 商店街内には音楽教室が2つありますし、楽器を歩いている人も結構います。そういう人たちを巻き込んで、路上でセッションできるようなまちにできたら素敵じゃないですか。今年は、ジャズストリート以外でもジャズに触れられる機会を増やせたらいいなと思います。
大曽根商店街は特に、平日の人通りが少ないのも課題。まずはイベントで外向けのきっかけをつくりながら、地域に密着した活動も続けて、日常的に人が集うまちに発展させたいです。そして、喫茶はじまりを「この商店街でお店を開けば人が来る」という事例店に育てていきたいですね。
西畠:特定の地域に限らず、まちを応援したい思いは変わらず。知多半島にも知り合いが増えてきているので、そちらでも何かできたらと、まだ漠然とですが考えています。知多半島は海も山もあるし、自然を生かした産業も盛んで、観光資源も豊富。この魅力的なまちで、自分には何ができるだろう? と探しているところです。
山口:内田橋商店街には引き続き関わっていきたいですね。今、商店街に面白いプレイヤーも増えていて、これからどうなっていくのかすごく楽しみなので。内田橋に限らず他のまちでも、仕事と地域活動の両軸から吸収したことを還元していけたら。
まちづくりはすぐに花開くものではなく、時には芽が出るまでに長い時間がかかり、根気が求められるもの。理想を実現するためには、日々の泥臭い現実とも向き合う必要があります。それでも自分にできることから行動を続けていく3人は、すっかり頼もしい“マチのコ”になっていました。二期生、三期生…と後に続くマチコ卒業生も、活躍の場を広げています。彼らがいま耕しているまちには、どんな花が咲くのか。これから先も一緒に見届けてください。
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内田橋ヤング洋品店「内田橋とつげき見守り隊」